Cli-Fiで、環境問題が「自分ごと」になる
Cli-Fiとして特に注目すべきポイントは、蜜蜂が死に絶えたディストピアを描く未来のパートだ。たかが蜜蜂でディストピアとは大げさな、と思われるかもしれないが、蜜蜂が花粉を集めなければ、草花も木々も受粉できない。作物は実らず、種も採れない。気の遠くなるような手間をかけ、人間が受粉作業を担わなければならなくなるのだ。日本では大きな話題になりにくいが、蜜蜂の大量死や大量失踪は現実世界で今実際に問題になっている出来事であり、その理由として気候変動も可能性の一つとして考えられている。本作を読めば、それが自分に無関係だとはとても思えなくなる。
環境保全がどれだけ重要だといっても、「気候変動」という言葉だけで、あるいは温暖化の進行を予測するデータだけで行動を変えられる人はまれだ。多くの人が「自分ごと」だと認識しなければ、社会は変わらない。そして、何かを「自分ごと」だと気付かせることにかけて、優れたフィクションの右に出るものはない。Cli-Fiというジャンルは、そうした良作が活発に生み出される最前線なのだ。
Cli-Fiの白熱ぶりは、日本語のメディアだけを眺めていても分からない。例えば、今最も注目されているCli-Fiの一つに、2019年にピュリツァー賞を受賞したリチャード・パワーズの『オーバーストーリー』がある。樹木の目線で世界を描く壮大な物語だ。21年に、気候変動問題を正面から論じた『地球の未来のため僕が決断したこと』を出版したばかりのビル・ゲイツも、自身のサイトで同書に言及しており、「樹というものの見方が変わった」と述べている。
そんな予備知識を入れた上で、まず日本語版アマゾンページを見てほしい。2年以上前に出版されたにもかかわらず、本稿執筆時点のレビューはたった9件だ。一方、英語版アマゾンページに付いているレビューは1万件以上。日本語圏と英語圏でのすさまじい温度差が分かる。
本連載で紹介してきたSF作家の巨匠たちも、精力的にこのジャンルを手掛けている。ジェフ・ベゾスの盟友であり、世界のビジネスを動かすIT起業家たちに影響を与えまくったニール・スティーヴンスン(第1回)の最新作『Termination Shock』は直球のCli-Fiだし、マーガレット・アトウッド(第3回)も『オリクスとクレイク』などで気候変動が進んだ未来像を丁寧に描いている。フランク・ハーバート(第4回)や小松左京(第5回)の時代にCli-Fiという言葉はなかったが、『デューン 砂の惑星』や『日本沈没』は、明らかにその先駆だ。
映画でもCli-Fiは続々と製作されている。温暖化が行き過ぎて氷河期が到来する『デイ・アフター・トゥモロー』はこの分野の古典に近いが、他にも、同じく氷河期ものの『スノーピアサー』、人工衛星のバグが大災害を引き起こす『ジオストーム』、海面上昇によって全大陸が海に沈む『ウォーターワールド』など、気候変動の問題を描く作品は多い。