今SFの世界では、良質な作品が続々と生み出されている注目のジャンルがある。気候変動をテーマにしたCli-Fiだ。『SF思考 ビジネスと自分の未来を考えるスキル』の編著者・宮本道人氏は、現在進行形で拡大・増殖を続けているこのジャンルにこそ、未来のビジネスを変えるポテンシャルがあるという。ビジネスに影響を与えたSF作家とその作品を紹介する本シリーズ。第6回では、Cli-Fiの第一人者であるノルウェーの女性作家、マヤ・ルンデを紹介しつつ、このジャンルそのものが持つ可能性の大きさを語る。(構成/フリーライター 小林直美、ダイヤモンド社 音なぎ省一郎)
家族の物語から環境問題に切り込む『蜜蜂』
今回ピックアップするのは、世界的なベストセラー作家、マヤ・ルンデだ。2015年にノルウェーで刊行された『蜜蜂』は、今では40カ国以上で熱狂的に読まれ、特にドイツでは17年に最も売れたフィクションとなっている。
――といっても、「は? 聞いたことない」という方が大半かもしれない。そんなあなたにこそ、読んでほしいのだ。何といっても彼女は、新たな文学ジャンルとして隆盛を極める気候変動フィクション(Climate Fiction=Cli-Fi:クリファイ)の第一人者なのである。
気候変動といえば、21年10月から11月にかけて英国でCOP26(国連気候変動枠組条約第26回締約国会議)が開催された。気候変動、SDGs、脱炭素……といったキーワードは、今やあらゆるビジネスに関連するため、関連ニュースを追っていた方も多いだろう。筆者もその一人なのだが、1つ疑問に思ったことがある。日本におけるCOP関連のニュースは、なぜSFやCli-Fiなどのフィクションと関連付けて語られないのだろう?
というのも、世界のSF動向を追っていると、気候変動に対するアクションの世界的な盛り上がりと、フィクションの動向は切っても切り離せない。COP26のセッションに、熱波が襲うインドを舞台にしたCli-Fi『The Ministry for the Future』の作者、キム・スタンリー・ロビンスンが登壇しているのもその表れだ。だからこそ筆者は率先してこう言いたい。日本のビジネスパーソンよ、SFを読もう! 特にCli-Fiを読もう!
その理由を説明するためにも、まずは『蜜蜂』を紹介しよう。本作には3組の家族が登場する。それぞれが暮らすのは、2098年の中国、1852年の英国、2007年の米国。地理的にも時代的にも隔絶しているが、いずれの家族も「蜜蜂」と密接な関わりがあるという共通項がある。読み進めるうちにバラバラだった3つの物語は交錯し、人間が自然と共生して文化を築いてきた歴史が浮かび上がってくる。もともと児童文学を書いていたルンデは、家族、特に親子関係に注ぐ視線が温かく、ストーリーも感動的だ。地球規模の「大きな物語」に、血の通った一人一人の人間の「小さな物語」が重なって、あらゆる命がつながっていることがしみじみ実感できるのだ。