90万部超のベストセラー『超一流の雑談力』の著者であり、30年で3000社の上場企業に対してコミュニケーションや英語をテーマにした研修を行ってきた安田正氏。その研修で使用しているプログラムを改良・応用して書き綴り、惜しげもなく公開したのが武器になる話し方だ。インタビュー第2回では、日本人のコミュニケーションの弱点について聞いた。(取材・構成/堀 香織 撮影/石郷友仁)

話し相手との距離を<br />一瞬で縮める「たった一つの方法」とは?Photo: Adobe Stock

相手の求めていることを分析してから話す

──『武器になる話し方』をはじめ、安田さんがコミュニケーションの大切さを執筆しつづけてきた理由は何ですか?

安田正(以下、安田) 日本人はテクニックなしにコミュニケーションをとっているんです。だから相手に伝わる要素は20%程度。一方、イギリス人だと80%程度は伝わっています。

──日本人が20%しか伝わっていないというのは、何が伝わっていないのですか。

安田 何が伝わっていない以前の問題で、日本人は「言語で伝える」ことに対する重要性を理解してないのです。

 日本は世界で類を見ないくらい、ハイコンテクストな文化圏です。つまり、言語ではなく、共通の知識や体験、価値観を背景にした“言わずもがな”の世界。会社や家庭でも“阿吽の呼吸”というのがあるでしょう。社長がやってほしいことを社員にくどくど説明する前に、「わかりました」とわかってすぐに動ける人が重用される。

──家庭だと、「あれ取って」「はい」という会話ですね。

安田 おっしゃる通り。そういうコミュニケーションがよしとされている文化なので、このグローバル社会においても、コミュニケーションの重要性をいまだに理解できていないわけです。伝わる環境になるまで待たなければいけないし、そもそも伝わらない人とはコミュニケーションをとらない。だから、飲み仲間も遊ぶ仲間も限定されてしまう。とても問題だと思います。

──それに比べてイギリス人は80%伝わるとのことですが、彼らのコミュニケーション力の高さに気がついたのはいつですか?

安田 大学の英文学科を卒業後、「英語学(英語がもつ特徴等を理論的に記述する学問)」を学ぶために渡英しました。1976年のことです。そこで生きた英語をシャワーのように毎日浴びるうち、英語は日本語とまるで違うと気づいた。文章の構造はもちろんのこと、普段の会話が単純に面白いわけです。

それはなぜか。相手の興味を引いたり知識になり得たりするような話をするからです。しかもエスプリがきいていて、ときには人生観を変えるほどインパクトがあります。衝撃でした。

帰国後は、苦手な営業からキャリアをスタートすることになりました。普通なら5回は通うところを2回で済ますためにはどうしたらいいか、同期が月に100万円売るところを300万円売るにはどうしたらいいか、ずいぶんと考えました。

それで、自分もイギリス人のように80%伝わるコミュニケーションをしたら圧勝できるのではないかという仮説を立て、そのとおり圧勝したわけです。

相手との距離感を縮める「名前呼び」

──その圧勝した経験をもとに、1990年に「人とのコミュニケーション」をメインテーマに語学と各ビジネススキル研修を提案する起業研修の会社を立ち上げたわけですね。しかも今回、その研修の内容をあますことなく『武器になる話し方』で書かれたと。

安田 そうです。日本人にしてみれば、見たことも聞いたこともない内容だと思います。だって普段彼らは20%で戦っていますから。これは80%伝わる方法論であり、考える技能・伝える機能でもある。OS対アプリケーションくらいの違いがありますよ。

──初めて会った人とも会話が弾むようになりますか。

安田 なります。そのための具体的なことを書きました。声の大きさやトーン、抑揚、表情など、「リアクションの加減を相手に合わせる」とか、相手にとても関心があるというサインを送る「オウム返し」「全文オウム返し」とか、話題に興味をもらっているための「プチ自己開示」とか。それらが自然にできるようになれば、人生さえ変えることができます。

──私は人の名前を覚えるのが非常に苦手なのですが、「会話の中で相手の名前を呼びかける」というのもいますぐにできる具体的な方法だと感じました

安田 名前を呼ぶのは、相手の名前を忘れなくなるとの同時に、相手との距離感を縮める上でも非常に有効です。

私はオンライン研修も行っていますが、その際に全員の名前とその人が抱えている問題点をすべて覚えます。それで何かのテーマについて話すときに、「これは○○さんの問題ですよ」と名指しで言うと、その方は1対1で直接研修されている気持ちになるんですよね。

──そうなると、さらに相談しやすい気持ちになりますね。

安田 ええ。それと、相手にはニーズがあるわけですから、相手のメインストリーム以外に自分で話せるネタがあれば惜しまずに話すのもよいです。

──それは、安田さんの書かれた『超一流の雑談力』ですね。

安田 はい(笑)。雑談力を磨けば、たったそれだけで場の雰囲気というのは変わりますし、場を演出できる能力をもつことができれば、人にも好かれ、仕事もうまくいきます。ただし、雑談はあくまでサブです。やはり最初は「聞く力」を鍛えるのに越したことはありません。

合意を得るための、圧倒的なコミュニケーション力

──研修の会社を30年続けてこられて、いまどのような感慨がありますか。

安田 設立時点でお客様は2社でした。それが30年で3000社まで到達しています。ここまで到達できた秘訣、原動力は何かというと、もちろん研修の中身もあるでしょう。会社の規模、管理体制、講師の質もあると思います。

しかしながら、実際は、コンサルタントがお客様にお会いし、自分のもっている情報を相手に合わせて適切に喋り、出てきた質問に的確に答え、求められたソリューションを出していく。その繰り返しにより、ここまで大きくなったのだと思うのです。

コンサルタントという目に見えないものを売るのは本当に大変です。大きな法人営業が「数億円単位を払ってでも、これはメリットがある」と思ってくださる。その合意を取るために必要なのは、コンサルタントの圧倒的なコミュニケーションに他なりません。

──30年間で失敗や挫折、大きな方向転換を強いられたことはありますか?

安田 これまで大きなコンペに201戦しているんですよ。201戦中何勝したと思いますか?

──100くらいでしょうか?

安田 それくらいだと思うのが普通ですよね。実は200勝しているんです。

勝てた理由は、20分間で何をどのように情報伝達すればいいかを理解して、実行できたからです。それも結局は80%伝わるコミュニケーション力があるから。

──では、なぜ1敗したのですか。

安田 1敗は、別の情報をもらってしまい、それに合わせてプレゼンしてしまったのです。うまく喋っても駄目。饒舌に喋っても駄目。いわゆる「話がうまい」からは卒業すべきだと確信しました。欲しい情報を的確に。これがプレゼンのいちばんのポイントですからね。だから、その1敗は私にとって、非常に意味深く、価値があります。