老人扱いされるのは嫌だ!

「高齢者にやさしい」ことの落とし穴の例は、他にも見られる。NTTドコモの「らくらくホン」は「高齢者にやさしい」携帯電話のパイオニアである。最初のモデルからこれまでに延べ2200万台以上売れたロングセラーだ。

  だが、実は販売の初期段階ではそれほど売れなかったことはあまり知られていない。消費者への知名度が低かったせいもあるが、それ以外の理由が大きい。

  確かにディスプレイの字は大きく見やすかったし、操作ボタンも大きく押しやすく、老眼の人でも使いやすいと評判だった。また、耳の遠くなった人でもはっきりと聞こえる音声補整が施されていたり、握力の落ちた人でも握りやすく落としにくい形状であったりと、機能的にはそれまでの携帯電話にはない優れたものだった。

  にもかかわらず、当の高齢者のなかには「らくらくホンなんて使いたくない」という意見が根強くあった。その最大の理由は「製品のデザインが年寄りくさくって、それを持っていると年寄り扱いされるので嫌だ」というものだった。

  周りから年寄りだと見られていても、本人は年寄りだと認識していない人は多い。仮に自分は年寄りだと認識していても、まだ自立して元気に生活できるうちは、周りの人に「あなたは年寄り」だと言われたり、老人扱いされたりするのは嫌なものだ。

  その後、NTTドコモでは検討を重ね、「高齢者にやさしい」機能を従来以上に強化したうえで、デザイン面でもっとスタイリッシュで、年寄りくさくないモデルを開発した。その1つ「らくらくホンベーシック」シリーズは、発売以来、中核モデルとして、毎月の全携帯電話のうちの売れ行きトップ10位に常時ランクされるほどの人気機種となった。

  らくらくホンの例が示しているのは、機能面で「高齢者にやさしい」ことが、デザイン面では「高齢者にやさしい」とは限らないことだ。「高齢者にやさしい」と一口に言っても、異なる多くの視点による吟味が必要なのだ。