研究の向こうの「思い」を可視化する
このプロジェクトに「SF思考」を取り入れよう、と提案したのは白谷さんです。
「大曲さんの研究に大きな将来性があることは間違いありません。ただし、技術的にもコスト的にもまだまだ課題が多く、社会実装するためには、他領域の技術進化や社会制度の整備も待たなくてはいけません。一方、目の前の社会課題や社会ニーズ、研究だけを近視眼的に見ていても、せっかくのそのポテンシャルを発揮させづらく、小さく収まってしまいかねないと懸念していました。大きく成長し、未来に大きなインパクトを与え得る事業の創造を目指すなら、まず自分たちから<ありたい未来像>を語らないといけない。そう考えていたときにちょうど読んでいた『SF思考』のフレームワークはピッタリだと考えました」
この時点で本書を読んでいたのは白谷さんだけだったそうですが、SF思考のコンセプトをメンバー間で共有し、独自の進行でワークショップを実践。取っ掛かりとして最初にやったことは、ズバリ「大曲さん自身の解剖」です。何が好き? 大事なものは? やりたいことは? 夢は?などなど、KJ法(ブレーンストーミングなどで得られたアイデアなどを、整理・グループ化してアウトプットにつなげる方法)でどんどんコトバを出して深掘りしたのです(図1)。そして浮かび上がってきたのは、ダイヤモンドへの深い愛と、環境、社会、地域の産業などを「もっとよくしたい!」という強い思いです。
『SF思考』でも、ワークショップの冒頭に「アイスブレーク」として、メンバーの相互理解を促すパートを設けることを提案していますが、発想は同じですね。研究の事業化という困難なミッションは、受け身の姿勢でやり遂げられるものではありませんから、大曲さん自身の「やりたい」という思いがどこにあるのかを確認するこのパートはとても重要です。大曲さん自身も「自分のモチベーションのもとを引き出してもらって、改めて思いを言語化することができました」と語っています。
こうした議論を通じて、MVV(ミッション、ビジョン、バリュー)も検討しました。目指す方向性がブレないように「できるだけ遠くに旗を立てる」のが狙いです。KJ法で個人としての思いが、MVVで会社としての突き進む方向が明確になったというわけです。こうしてメンバーの意識をそろえた後、いよいよ「未来ストーリー作り」が始まりました。
ストーリーの時代設定は「2035年」。秀逸なのは「大曲さんの実の娘さん(3歳)が高校生になった未来」を想定したことです。キャラの造形はSFプロトタイピングの難所ですが、この事例では、「実の娘」という「実在する大切な人物」をそのままキャラクター化してストーリーに持ち込んだことでペルソナが明確になり、今と未来がガッとつながりました。前段で大曲さんの思いをしっかり共有できていたため、シナリオ作りのフェーズではアイデアがどんどん出てきて、かなり盛り上がったそうです。