チームを1つにまとめるビジョンの誕生!
そして完成したのが、35年の高校生の日常を描くショートムービーの絵コンテです(図2)。なんと漫画を得意とする篠原さんのスキルが十分に生かされ、あらゆる電子機器にダイヤモンドが使われるようになった未来が生き生きと表現された、とてもワクワクする作品に仕上がっています。
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プロジェクトではさらに、この未来を実現するためには、いつまでに何をしなければならないかを議論し、1年後、3年後、5年後、10年後……といったさまざまなタイミングの「ビジネスモデルキャンバス」も作成されました。こうした一連のワークショップの感想を、跡部さんはこう語ります。
「驚いたのは、最初はSFプロトタイピングで製品イメージを描くつもりだったのに、実際にやってみると、ビジョンができたことです。しかも『自分たちでビジョンを作っている』というより、『ストーリーが自然に動いて、ビジョンが勝手に生まれてきた』という感覚がすごく面白かった。『なぜやるか?』が明確になって、周囲に説明するときも『技術的に可能だから』ではなく、『こんな課題を解決したいから』とはっきり言えるようになりました」
まだ存在しない会社のビジョンやパーパスが明確になる――。これはSF思考の大きな効果です。特に研究の事業化においては、技術起点で発想すると可能性が多過ぎて、フォーカスするポイントを絞りにくいのですが、ビジョンから発想すれば「何をしないか」がクリアになり、おのずと方向性が定まります。同時に「ストーリー作りを通じてチームの結束力が強くなり、やりたいことに一直線になれた」(篠原さん)と、チームビルディング効果も実感したそうです。
ビジネスの形が明確になっていないシード期のスタートアップにとって、最も重要なのは「思い」です。「何をしたいか」、もっといえば「誰を救いたいか」が明確でないビジネスには説得力がないし、資金調達もできません。それ以前に、起業家本人の目指す未来が「自分ごと」でなければ、頑張り続けることなんてできません。私にも起業経験がありますが、ベンチャーを軌道に乗せるのは困難の連続で、基本的にくじけることしかないからです。
また、ビジョンが明確でないビジネスは、「マネタイズ」という魔物に対して脆弱です。「こっちの方がもうかりそう」という選択肢が目の前に現れると、つい判断力が鈍り、目的がゆがんでしまうのです。こうしたズレが積み重なって、最初は志を同じくしていた創業メンバー同士が全力投球の争いを繰り広げることも珍しくありません。最初にSF思考でビジョンを共有していれば、こうした事態も避けられるかもしれません。未来ストーリーは、常に立ち戻るべき原点になるのです。