「褒める」だけがやる気を出させるフィードバックとは限らない

T先生はあの二者面談以降、一度も私を本気で叱らなかった。小言を言ってきたり、「もー、ちゃんと復習したの?」と言うくらいならあったけれど、あれほどの衝撃は二度と無かった。

その代わり、私を過剰に褒めることもなかった。適度なタイミングで、適度な量で、適度な言葉で私を簡潔に褒めるだけだった。私のことは本当によく見ていた。私が生活習慣を正して授業に集中するようになり、テストの点数が目標点を初めて超えたこときも、私の変化をちゃんと見てくれていて、そのとき先生はたったひとこと、「川代、頑張ったね」と言っただけだった。けれど、それだけの短い一言がとてつもなく嬉しかった。

T先生に言われた言葉で、ずっと忘れずに、今でも辛くなると思い出す言葉がある。

受験勉強も佳境に入り、センター試験直前の1月。私はいよいよ受験が始まってしまうということが信じられず、緊張で耐えられなくなってT先生に会いに行った。心の底での不安を吐露するうちに、感情が高ぶってしまった私は、「先生、どうしよう、こんなに頑張ったのに、も、もし、落ちたら……」と、泣き出してしまった。

うええ……と、周囲の「あ、受験生ね……」と哀れむ視線も気にせず、いつまでも職員室で嗚咽を上げる私に、先生はこう言い放った。

「川代、大丈夫、泣くな! あなたが頑張ってきたの知ってるから。いい? 自信を持ちなさい。大丈夫よ、受験なんて誰でも通る道よ! 成人式と同じ!! みんな乗り越えてきたんだから、あなたにだってできる!!」

どうしてこの人は、私が一番欲しい言葉を、本当に大事なときにだけ言ってくれるんだろう。そう思った。涙は自然に止まった。

断言してもいい。この言葉がなければ、合格は絶対になかった。T先生は確かに厳しかった。普段は面白い先生だったが、厳しくすべきときには、本当に厳しかった。授業の予習をしてこなかったら、長々と説教はしないけれど、ピシッと一言で注意する。必ず怒鳴らずに、静かにはっきりと冷ややかに叱った。

そして勉強よりなにより、生徒の不誠実な態度には一番厳しかった。人が話しているのに平気で寝る、ズルをする、嘘をつく、他のクラスメイトに迷惑をかける。そんな義理や人情を欠いた態度は、教師として、そして個人として好きじゃなかったのだろうと思う。だから私は厳しさの中にも、たしかに先生の愛情を感じていた。そしてもちろん、教師としてのプロ意識も。