「書き手」が変化しないと、つまらない

海猫沢:本のなかで紹介されてるのは、海外SFですよね。ブライアン・オールディス『地球の長い午後』。グレッグイーガンの『幸せの理由』。そして、『三体』。

pha:『三体』はめちゃめちゃ面白かったですね……。SFは、見たこともないものを見せてくれるから好きなのかも。小説は面白いけど、世間では小説ばかりもてはやされてるような気がするので、小説以外にスポットライトがあたって欲しいなという気持ちがあるんですよね。『聖なるズー』のようなノンフィクション書とか。これは確か、めろんさんに薦められて読んだんですよね。

海猫沢:すごい世界だなと思いましたね。

pha:これは本当に価値観がひっくり返る感じがありましたね。動物とセックスする人たちの話。読む前は「そんなの気持ち悪い」と思ったけど、読んでいくと全然見方が変わってしまう。

海猫沢:そうなんですよ。でも、この本を薦めると、拒否反応を起こす人が結構多いんですよ。

pha:僕も読む前はそう思ったけど、読んでみると、意外とありなんじゃないかとなってきます。われわれは去勢や避妊することで動物の性から目を背けているけれど、動物を一人のパートナーとして尊重するのであれば、性の部分も受け止めるべきではないか、という話になっていく。語り手が結構悩みながら取材していくのもいいですよね。

海猫沢:自分も疑いを持っていたけど、揺らいでくる感じですよね。

読書家が辿り着いた「1つのことを突き詰めなきゃ」という病について海猫沢めろん(うみねこざわ・めろん)
1975年生まれ。高校卒業後、紆余曲折を経て上京。文筆業に。2011年『愛についての感じ』で第33回野間文芸新人賞候補。2017年『キッズファイヤー・ドットコム』で第39回野間文芸新人賞候補。翌年、同作で第59回熊日文学賞受賞。2022年春に、対戦格闘ゲーム「バーチャファイター」をめぐるルポタージュ『トウキョウヘッド2(仮)』。執筆10年の大作小説、『ディスクロニアの鳩時計』を刊行予定。文学系ロックバンド「エリーツ」のメンバー。

pha:そう。その変化していく過程があるのも含めて、いい本だなと思いました。

海猫沢:ノンフィクションでも、書き手自身が状況に巻き込まれていくタイプのが好きですね。

pha:そうですね。書き手が変化しないとつまらないと思うんですよね。安全圏から取材してああだこうだ言ってるだけじゃなく、いろいろ迷ったり、影響を受けていく本が好きです。

海猫沢:最近読んだ『売春島』という本もよかったですよ。渡鹿野島という実際にある場所が舞台なんですけど、そこに取材に行って、話を聞いていくのがドラマみたいな感じなんです。

 島民はかつて売春があったことを隠したいわけですよ。取材していくうちに、「あんた、そんなことも知ってるんか!」と言われたりして、ドラマみたいなセリフですよね。噂や伝説を調べていくと、だんだん名前もわかったりする。

 今は観光でいろいろやっている島なんだけど、だからこそ過去のことは掘られたくない。でも、それを掘っていくのがなかなかすごくて、よくできています。

pha:面白そうですね。読んでみようかな。

海猫沢:書き手が本当に中に入っていく系の本では、小林信彦の『天才伝説』という横山やすしの評伝みたい本も好きで。オープニングから嫌な話なんですよ。やすしが死んだニュースが出て、数年前に電話がかかってきたことを思い出すんです。深夜に電話がかかってきて、大変な人だったらしく、それでもう小林さん自身もうんざりして、そのうんざりした感を冒頭から出してくるんです。

 だから、横山やすしに対する敬意もあるんだけど、深いがゆえに、本当にこいつはウザい人間だったみたいなのを書いています。

 あと、横山やすしはすごく寂しがり屋で、読んでいると、すごく悲しいんです。みんなで鍋をしてて、誰かが帰ろうとして時計を見るとキレて、時計をとって鍋に入れたりする(笑)。帰ってほしくないんだけど、うまく言えない。

pha:昭和の芸人ですね(笑)。あの当時は今ではアウトな人たちがいっぱいいたんだろうな。

海猫沢:それがすごく悲しいんです。昭和の悲しさがめちゃくちゃ出ていてよかったです。

古びない作品『春にして君を離れ』

pha:他に、何か最近、面白い本はありましたか。

海猫沢:この本で、アガサ・クリスティー『春にして君を離れ』を薦めていたので、初めて読んだんですけど、すごいなと思いました。これは古びないですね。

pha:そうなんです。70年前くらいの小説なのに、古びていない。

海猫沢:日本でいうと、山本文緒さんの小説を思い出しました。まさに、人の心のミステリーですよね。

pha:人が死んだりはしないんだけど、心の奥を掘っていくミステリーですね。話としては、砂漠の真ん中で主人公が過去を回想しているだけ。自分の人生のことを思い返しているだけなのにすごく面白い。

海猫沢:ある女の人が帰省をするんですよね。娘の様子を見に行って、そこから帰る途中、「ちょっといい旅行だな」と思ったけど、「あれ、なんかでも家族は私がいなくなってちょっとせいせいした顔をしてなかったかな?」「あれ、もしかして私、ちょっと疎まれてる?」みたいな感じになっていくんですよね。

pha:そう。自分はよき妻として、よき母としてこれまでやってきたと思っていたけど、実は疎まれてたかもしれない、と。

海猫沢:「あれ、私がやってきたことは全部間違っていたのかな?」という感じになってくるんですよね。

pha:それがだんだん暴かれていきます。

海猫沢:その経験って、誰にでも覚えがありますよね。

pha:やっぱり人間は、自己正当化をしてしまう生き物ですからね。人の話を聞かないとああなってしまう、と思う。誰でもそうなってしまう怖さはある。もちろん自分も。

海猫沢:栗本薫さんがあとがきを書いていて、読んでると、「栗本さんってそういうタイプなのかな」と思いましたね。あとがきを読むと、「恐ろしくてしょうがない」って書いてありました。

 読む人によって感じ方も違って、これがわからない人は結構鈍感なんじゃないかな。これ、わからない人は本当にやばい人だと思うんですよ。

pha:「いや、こんなことないでしょー、普通気づくでしょ」って思っちゃうみたいな。

海猫沢:いや、お前だよみたいな(笑)。

pha:それはヤバい奴だ(笑)。僕は、人間なら誰でも陥ることがある怖さだと思うので、全ての人に読んでほしいと思う本ですね。みなさんもぜひ読んでみてください。小説が苦手な僕でも面白く読めたので、本当に面白い小説だと思います。

海猫沢:あと、最近読んだのだと東畑開人さんの『心はどこへ消えた?』はすごくよかったです。

pha:おお、東畑さん、読んだら面白いと思うんだけど読んだことないんですよね。なんか、自分とちょっと似た雰囲気を感じるから遠ざけてしまうのかもしれないんですよね。「本当はこういうこと僕が書きたかったのに」って嫉妬してしまいそうで(笑)。

海猫沢:読んだタイミングがよくて。ちょうどすごい空虚さを抱えていた時期で。カウンセリングでは、いろんな外部的要因を探したけど見つからなくて、結局心の問題になっていくというところから心を見つけていく作業になるんだと。そういうことが書いてあります。

 僕が定期的に「自分は空虚で何もない人間だ」と思う原因がわからなかったんですね。わからないからわからないまま、どんどん取り込まれていってネガティブになっていくサイクルが起きていました。

 でも、東畑さんの本で、立ち止まって心を見つめると、何かいろんなものがわかってきましたね。完全なるエッセイですが、超いいんです。ある程度、病んでいるときに読んだほうがいいです。

pha:みんないいって言ってるからいいんだろうな。読んでみるか……。