「シンプル」で「前向き」に生きるのは本当に幸せなのか?
けれど私はそれ以来、しばらくずっと腑に落ちない違和感を抱え続けることになってしまった。
表面上ではたしかに、「悩んでも解決しないことに対していつまでも悩んでいても仕方ない」という理屈を理解しているつもりだった。でも、理屈を頭で理解するということと、心もきちんと納得して受け入れるというのは、これまた別の問題なのだった。心の奥の奥の方は、まったく納得できていないどころか、その先輩の持論に腹をたててさえいるのだということが、はっきりとわかっていた。
しかし、そこでただ腹を立てるだけでなく、自分が腹を立てている理由をきちんと考えられるのが、私の数少ない長所のうちのひとつである。私はもやもやの正体を解決するべく、ふらりと本屋に入り、自己啓発本の棚を眺めた。こういうとき、私は本屋に頼ることが多い。本屋で立ち読みをしてぴんとくる言葉を探す。こうして目の前の雲がさっと晴れる瞬間を、これまでに幾度となく味わってきた。
とくに、自己啓発本の棚をざっと眺めるのは面白い。世の中の人が何について悩んでいるのか、一般的にどうやって解決しているのか、人生に対してどんな価値観を持っているのか……そういうことを、客観的に観察できること。考え方のブームのようなものが、なんとなくわかること。
とは言っても、ビジネスマン向けのもの、哲学っぽいもの、もっと簡単に読めて簡単に実践できるもの、女性向けのもの……種類はたくさんあった。ただ共通するのは、「~するための99の方法」とか「~しない理由」とか、タイトルも目をひくようなわかりやすいものが多いということだろうか。
そんなことを考えつつ、私は、ひとり自己啓発本の棚のまわりをうろうろしながら、ぱらぱらといろいろな本を手にとっては眺める。目次を読み、興味のわいた項目をざっと読み、そして本棚に戻す。で、また別の本。それを繰り返してしばらくしてから、私はあることに気がついた。
「シンプル」「悩まない」「前向き」という言葉が、そういう言葉を使われている本が、この棚には、あまりにも、多いのだ。多すぎる。よくよく読んでみれば、ほとんどの自己啓発本の根本的なテーマはこの三つで説明できるんじゃないかとすら思える。タイトルに使われているものもあれば、宣伝のために帯にでかでかと「もう悩まない!」「揺り動かされない心を保つためには」などと書かれているものもある。目次に使われているものもある。
が、いずれにせよ、かなり多くの本に、「シンプルに生きよう」「難しく考えすぎるな」「平常心を保つ」というフレーズが載っていた。そして、そのほとんどが、「肩の力を抜いて、楽に生きる」ことを推奨していた。あとがきなんかを読むと、たいていの本に「感受性の強いあなたが、この本を読んで少しでも、楽に、肩の力をぬいて生きられるようになるなら、こんなに嬉しいことはありません」というようなことが書いてある。
頭をズガン、と殴られたような衝撃が走った。まるで、私の今までの人生を、全否定されたような気分だった。そしてその瞬間、私が先輩に言われてもやもやしていた理由が、はっきりした。