人間関係、仕事、恋愛、お金……「人生なかなかうまくいかないな」とため息をつきたくなったとき、そっと寄り添うエッセイ集『大丈夫じゃないのに大丈夫なふりをした』(クルベウ著 藤田麗子訳)。
今しているガマンは必要か。自尊感情が低くなっていないか。自分なりの幸せを感じられるようにするために、どのように考えて人生を生きていけばいいのか。読み進めるごとに肩の力が抜けていく。
「腐り芸人」「考察芸人」として注目を集める平成ノブシコブシ・徳井健太さんも、この本を手にとった1人。「激アツだった」と自身のTwitterで感想をつぶやいていたが、どんなところに惹かれたのか。この本の魅力と、自身が考える“絶望との向き合い方”について聞いた(全2回・前編)。(取材・構成/佐藤結衣、撮影/疋田千里)

「常に最悪を想定して生きている」。平成ノブシコブシ徳井が語る独特の死生観とは?

「親から子への遺書みたいな本だと思った」

徳井健太(とくい・けんた)
1980年北海道出身。2000年、東京NSCの同期・吉村崇とお笑いコンビ「平成ノブシコブシ」を結成。テレビ番組『ピカルの定理』などを中心に活躍し、最近では芸人やお笑い番組を愛情たっぷりに「考察」することでも注目を集めている。趣味は麻雀、競艇など。「もっと世間で評価や称賛を受けるべき人や物」を紹介すべく、YouTubeチャンネル『徳井の考察』も開設している。著書に2022年2月に発売された話題作『敗北からの芸人論』(新潮社)がある。

――徳井さんが『大丈夫じゃないのに大丈夫なふりをした』を、手に取ったきっかけは?

徳井健太(以下、徳井):僕は本好き芸人ってほど読書家ではないんですけど、時間があれば本屋さんに足を運んでいるんです。一番いい暇つぶしだなと思っていて。

 で、“行ったら必ず何か1冊は買って帰る”というルールを作ってるんですよ。ギャンブル好きっていうのもあって(笑)。

 よく行くのは、新宿の紀伊國屋書店かな。あれだけ膨大な数の本がそろっているとおもしろい本もたくさん見つかるので。ネットじゃなかなか出会えないようなニッチな本とかもあったりしてワクワクするんですよね。

 なかでも、その本屋さんがおすすめしてる平置きコーナーを見るのが好きです。本屋さんって、誰よりも本が好きな人たちじゃないですか。

 そんな本好きな人が選んだオススメって何なんだろうって興味がわきますし、間違いないんだろうなと信頼しています。

 その日も平置きコーナーに、この本があったんです。

――そこで、すぐに購入されたんですか?

徳井:いえ、ペラペラと立ち読みして「あー、いいこと書いてあるな。面白そうだな」とは思ったんですが、そのときは別の本を買って帰ることにしました。

 なんであのときちがう本にしたのかは、もう覚えていないんですけど。

 でも店から出てすぐに「あ、やっぱりあの本、買ったほうがいい気がする」って思って、もう一度戻って買ったんですよね。

――戻ってまで購入されたとなると、よほど印象的だったんですね。

徳井:そうですね。最初、この本を読んだとき「親から子どもへの遺書みたいな本だな」って思ったんです。文章そのものはすごく柔らかくて、読みやすいんですけど、書いてある内容がけっこうぶっちゃけてるなと。

「世の中ってみんないい人なんだよ」「みんなと仲良くしようね」なんてきれいごとじゃなくて、「世の中イヤな人もいるけど、付き合わなきゃいけないこともあるから距離を考えてね」みたいなことがちゃんと書いてあって。「すげーそうだよな!」って(笑)。

 これまで自分が大人になってぼんやりと感じていたこと、世の中の真意をちゃんと文章にして書いてるの初めて見たかも、って思ったんですよね。

――Twitterでは、『力まずに、私らしく』のエピソードを一押しされていましたね。

徳井:就職してひとり暮らしをする娘に母が伝える形で綴られている文章なんですけど、いい言葉たちだなと。

 こういうことって親が子どもに伝えるの、すごく難しいんですよね。

 どうしても「人のことを嫌っちゃダメ」「人の言うことはちゃんと聞かないとダメ」「がんばらないとダメ」みたいなことを言いがちじゃないですか。

 でも、この本は「こういう人とは距離を置いてね」「大変なことに直面したら自分にできる最低限の働きだけをすればいいからね」って語りかけてる。その熱量が絶妙で。

 あと、恋愛に関するエピソードも渋くて好きですね。すぐに「別れなさい」とか「別れるべきじゃない」とかじゃなくて、「あなたのためになる選択をしてね」みたいな。

 世界にはあなたにバチーンと合う人は必ずいるけど、出会えないこともあるけどね……とか。

 肯定も否定もしない。選択肢を見せるけれど、選ぶのは自分っていう感じがいいなって。

――たしかに、この本には押しつけがありませんね。

徳井:そうなんですよ。僕がこれまでイメージしていた自己啓発本って、今の考え方を一度ぶっ壊して変えていけ! みたいな圧の強さを感じるところがあるなと思っていたんですけど、この本はそういうのじゃない。

 説教くさくないし、無理に受け入れろとも言わないし、「きっぱり断ち切れ!」みたいな“0か100か”の極端な考え方を強いるわけでもない。

 あくまで、世の中ってこういうこともあるよ。でも、それに自分を無理に合わせて疲れてしまう必要もないし、でもどうにかやっていかなきゃならないこともあるから、心乱されない適度な距離を取るのがいいと思うよ、くらいの温度感。それが、すごく読み心地がいいなと。