成長を妨げ、メンタルを弱くする「ある言葉」

──逆に考えると、「心が折れやすい人」というのは、一度の失敗から回復するのに時間がかかりすぎているのでしょうか?

井上:うーん、どうなんでしょうね。ただ最近、後輩たちを見ていて、「真面目すぎるのかな」とはよく感じます。私自身、彼ら彼女らにどんな声かけをしたらいいのか、いまだに答えが見つからず、迷っている最中なんですが、彼らの話を聞いていてやけに出てくるな、という単語が一つあるんです。

それが、「うまくやる」という言葉。

「うまくやらなきゃ」とか「うまくやれなかった」とか。とにかく「うまくやる」ことに固執している気がします。減点方式の学校教育の影響かもしれませんが、失敗やミスに対する恐怖心が強すぎる。そういう悪いクセというか、習慣が染みついてしまっているんじゃないかなと。

──なるほど。「うまくやる」ですか。その点、井上さんも後輩から相談されることが多いですか?

井上:多いかはわからないですが、そういう機会もあります。「トチリたくない」とか「噛みたくない」とか、とにかく失敗しない、間違わないようにする、という気持ちが強すぎるのかもしれません。

──アナウンサーに限らず、20代・30代くらいの年代だと、そういった悩みを抱えている人は多い気がします。

井上:ミスをしない、噛まないことが、アナウンサーの正解なのだとしたら、AI(人工知能)でいいじゃないか、と思うんです。失敗なく「うまくやる」ことが、視聴者の評価につながるとは限らないし。

「職場で心が折れやすい人」と「失敗しても回復が早い人」の決定的な差

──と、いうと?

井上:29歳の頃に大御所の番組スタッフに指摘されたことで、強く印象に残っていることがあるんです。私がみのもんたさんのバトンを受け継いで、『朝ズバッ!』の2代目総合司会に就任してからしばらくした、あるときに、こう言われたんです。

「井上の進行は、わかりやすい。理路整然としている。けれど、引っかからない。“違和感”がないんだよな」と。

──なるほど。わかりやすいけど、「引っかからない」ですか。

井上:最初に聞いたときはもちろん、腑に落ちませんでした。「わかりやすく伝えるのが一番じゃないか、違和感ってなんだよ」と。でも、落ち着いて冷静に考えてみて、気がついたんです。ああ、「伝える」と「伝わる」はイコールじゃないんだ、と。

「わかりやすく伝える」というのは、よいことのように思えていたのですが、実際は、私自身の感覚でわかりやすく伝えているつもりになっていただけで、もしかしたら自己満足にすぎず、自分のしゃべりに気持ちよくなっていただけかもしれない。少なくとも番組スタッフには、そういう側面を感じとられていたのだと痛感しました。

自分では精一杯「伝えた」つもりでいた。伝わったと思っていた。でも実際は、ミスなく模範的なアナウンサーの姿を目指していただけで、視聴者の心には引っかかっていなかったんだと思います。それが、著書『伝わるチカラ』のサブタイトルにもなっている『「伝える」の先にある「伝わる」ということ』を意識するきっかけになりました。

──アナウンサーに限らず、どの仕事にも言えることだと思います。「100点満点の仕事をする」ことが目的になってしまって、視野が狭くなっているのかもしれません。

井上:そのことに気がついてからは、模範的なアナウンサー像の範疇から超えたことをやってみよう、と思うようになりました。たとえば、

・優等生的なコメントをしない
・不自然なほど「間」をとってみる
・滑舌悪くしゃべってみる

など、試行錯誤したことによって、成長できたと思っています。だから、「うまくやる」という単語を自分の中から消してみるだけでも、ずいぶん変わると思いますよ。