初の著書『伝わるチカラ』を上梓するTBSの井上貴博アナウンサー。実はアナウンサーになろうとは1ミリも思っていなかったというのだが、一体どのようにして報道の第一線で勝負する「伝わるチカラ」を培ってきたのだろうか?「地味で華がない」ことを自認する井上アナが実践してきた52のことを初公開! 人前で話すコツ、会話が盛り上がるテクなど、仕事でもプライベートでも役立つノウハウと、現役アナウンサーならではの葛藤や失敗も赤裸々に綴る。

【TBSアナウンサーが教える】<br />アナウンサー採用試験、衝撃のお題目とは?

「この写真を見て30秒話してください」

【前回】からの続き

放送局は、TBSを含めて3社受験し、並行して一般企業の採用試験にも挑みました。予定通り、テレビ局の面接ではすべて野球にからめて受け答えをしました。

「この写真を見て30秒話してください」という課題を出されたときも、すべて野球にたとえて描写するといった具合です。

一点突破で行くと腹をくくっていたので、比較的落ち着いて受け答えできたように覚えています。

私がアナウンサー採用試験に傾倒していった理由は、面接のスタイルが予想以上に面白かったからです。

一般的な企業では「志望動機をお聞かせください」「大学生時代に何をやっていましたか」といった定型の質問を受けるのが普通です。だから、面接の対策本などには、定型の質問に対応した模範的な回答例が掲載されています。

けれども、テレビ局の面接官は、決まり切った質問は一切しません。「どうして今日、その服を着てきたの?」とか「朝食のおかずで好きなのは何?」といった、角度を変えた質問で斬り込んできます。

いま思うと、採用する側としては、理に適ったやり方です。

限られた時間で相手のことを本気で知ろうと思ったら、決まり切った質問をしている時間はもったいない。手を替え品を替え、相手を知ろうと工夫するはずです。

面接を受けるたびに、「この人たちは本気で自分を知ろうとしてくれているんだ」と強く実感するようになりました。だから自分も本気で向き合いたいと思ったのです。

特に印象的だったのは、ある局で、実況のテストを受けたときのことです。

スポーツの映像や高速道路などの映像を見ながら、一通り実況を終えると、「では、次の映像に変わります」と言われて、モニターの映像が切り替わりました。

すると、そこには、ついさっきまで実況のテストを受けていた自分の姿が映っていたのです。

これは何かのミスなのだろうか? そう戸惑っていると、試験官の方が「どうぞ、実況してください」と促します。つまり、テレビ朝日では「自分がしゃべっている姿を実況する」という課題を課してきたのです。

あとから思えば、素直に自己PRをすればよかったのですが、虚を衝かれた私は、ろくに実況もできずに試験を終えてしまいました。

試験は不本意な結果に終わりましたが、その演出には惚れ惚れしました。

テレビ局の人って、こんなに面白いことを考えられる人たちなんだ──。テレビ業界を肯定する気になれないまでも、面白い発想をする人と一緒に仕事をしたいとの思いが膨らんできたのです。

【次回に続く】

井上貴博(いのうえ・たかひろ)
TBSアナウンサー
。1984年東京生まれ。慶應義塾幼稚舎、慶應義塾高校を経て、慶應義塾大学経済学部に進学。2007年TBSテレビに入社。以来、情報・報道番組を中心に担当。2010年1月より『みのもんたの朝ズバッ!』でニュース・取材キャスターを務め、みのもんた不在時には総合司会を代行。2013年11月、『朝ズバッ!』リニューアルおよび、初代総合司会を務めたみのもんたが降板したことにともない、2代目総合司会に就任。2017年4月から、『Nスタ』平日版のメインキャスターを担当、2022年4月には第30回橋田賞受賞。同年同月から自身初の冠ラジオ番組『井上貴博 土曜日の「あ」』がスタート。同年5月、初の著書『伝わるチカラ』刊行。