ロングセラー書籍『コンテナ物語--世界を変えたのは「箱」の発明だった』(日経BP社)の著者マルク・レヴィンソンの最新刊『物流の世界史--グローバル化の主役は、どのように「モノ」から「情報」になったか?』より、その一部をご紹介する。

グローバル化を称賛し、非難し、あるいは単に定量化しようと様々な努力がなされてきた。だが本書はそのどれをもするつもりはない。言いたいのは、2世紀にわたって進展してきたグローバル化が、決して資本主義の必然的な帰結ではないということだ。グローバル化は2世紀のあいだに技術革新や人口動態上の変化、民間の起業活力や政府の意向に対応するように、なんども変貌を遂げてきた。

ビル・ゲイツが激賞した『コンテナ物語』著者が最新刊で考察する「新たな段階を迎えようとしているグローバル化の現在地」Photo: Adobe Stock

2020年にグローバル化について論じようとすれば、1980年のグローバル化や、まして1890年のグローバル化とはまったく異なるテーマについて語ることになる。本書が扱うのは、1980年代後半から2010年代初頭にかけての四半世紀における「第三のグローバル化」、それまでのどの時代とも、その後のどの時代とも異なる、世界経済史における明確な一つの時代区分としてのグローバル化である。さらに輸送・通信・情報技術が、長距離バリューチェーンに基づく企業活動にどんな役割を果たしたかにも注目したい。こうした国際経済の形は、それまで存在したいかなる経済の形とも根本的に異なっていた。

私はジャーナリスト・経済学者・歴史家として、グローバル化について長年にわたって執筆活動を行ってきた。拙著『コンテナ物語──世界を変えたのは「箱」の発明だった』(2007年、2019年、日経BP)では、1980年代後半のグローバル化を象徴する長距離サプライチェーンのカギが、一見単純なイノベーションにあったことを明らかにした。『例外時代──高度成長はいかに特殊であったのか』(みすず書房、2017年)では、1973年前後から始まった世界経済の減速に対し、各国政府が分野を問わず規制緩和を行って競争を促し、国境を越えた企業活動を促したことを指摘した。

本書『Outside the Box』ではこれまでの考察に加えて新たな資料調査やインタビューを行い、優れた学術的論考も参照して、21世紀に入ってからグローバル化が多くの国・企業にとって裏目に出ることになった原因を追求した。グローバル化の終わりが近いとの議論がさかんだが、私はこうした歴史学的視点から、グローバル化は決して終わっていないと考えている。むしろ、これまで何度もあったように、グローバル化は新たな段階に入ろうとしているのだ。世界経済の結びつきは依然として強く、ただそのあり方は我々が過去数十年に経験したものとは異なるものになるということだ。グローバル化の過去を理解することで、その未来が明らかになる。その未来において、他国との間に障壁を築くことで自らの繁栄を目指す時代には、決して後戻りすることはないだろう。

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全体として、グローバル化は世界にとって良いことだった。何億人もの人々が極貧状態を脱け出し、中国ではみんな飢えているのだから野菜を食べなさい、と米国人が子どもをたしなめていた時代は遠い昔となった。消費者は想像もできないほど多様な製品を安価に入手できるようになり、地球上で最も孤立した地域でさえ、かつては手の届かなかった最新技術のおかげで世界経済に参画できるようになった。企業は得意分野をグローバル展開する一方、その他の業務は外部委託できるようになった。こうしてグローバル化は企業の生産性を大きく高め、莫大な富を生み出した。国際紛争はなくなっていないが、国の繁栄が周辺諸国に依存する度合いが増し、そうした紛争にも歯止めがかかった。コロナウイルスが拡大し、世界中の病院で重症患者用の人工呼吸器が緊急に必要となったとき、部品の調達先が複数の国にまたがっていたことが増産の障害になった反面、グローバル市場の発達でバルブやチューブやモーターなどの部品調達が容易になったのも事実である。

それでも、手放しでグローバル化を礼賛することはできない。アジアなどの最貧国が急速に工業化する一方で、ヨーロッパ、北米、日本の一部地域では過酷な産業の空洞化が始まった。国家間の所得格差はより公平になったものの、先進国内部の格差は拡大した。資金調達力のある人々が新たなビジネスチャンスで大もうけする一方、賃金労働者は遠い外国の低賃金労働者との競争にさらされ、成長の大部分が都市部に流れ、小さな自治体は衰退していった。

この間、各国政府は経済への統制力を失っていった。最低賃金や雇用保障を守らせようとしても、企業は事業を国外に移転する、あるいは移転すると脅せば容易にこれを免れることができる。企業に対外進出の選択肢が広がったため、法人税の減免競争が起こって税収が減り、労働者が雇用不安に対処するための教育訓練や保障制度に資金を回せなくなった。次第に少数の企業が業界を支配するようになっていき、価格の上昇、イノベーションの停滞、さらなる収入格差にもつながりかねない。グローバル化がもたらした経済のゆがみは、長年かけて築いた国際協力体制を弱体化させ、ナショナリズムの言説がグローバル化の言説にとって代わり、新たな不確実性を生み出した。

200年におよぶ歴史において、グローバル化は直線的に進んできたわけではない。戦争や不況のために貿易・投資・人の移動が中断したこともあるし、特定の国が長期にわたって世界経済とのつながりを絶った例もある。例えば1917年の革命から1980年代後半までのロシア、共産党が全権を握った1949年から30年間の中国などだ。このことを考えると「グローバル化のピーク」は過ぎた、グローバル化された世界経済はブロック経済へと解体しつつある、などと断言するのは早計だろう。

グローバル化が終わることはない。ただし、2020年代に入って世界中で巨大コンテナ船に空荷が生じるなど、グローバル化の形は大きく変わろうとしている。コンテナという金属の箱による流通はグローバル化の過去の姿だ。次なる経済発展の段階では、世界経済はアイデアやサービスの流通によって緊密に結びつくことになるだろう。