一方で、ひとくくりに「シニア層は使えない」という見方も間違っていると考えます。日本では、一定の年齢に達した社員が、定年より前に部課長職から離れる「役職定年制」という制度が取り入れられている企業も多いようです。しかし、本当にその人の能力を見極めて、外れてもらうという判断がされているかどうかが、実は大事だと思うのです。

 日本企業ではこれまで人事評価があいまいだった部分がありますが、本来はその人の今までの功績などから能力の評価ができることが理想です。そうすることで初めて、会社内での処遇、もしくは会社を出た後にどう活躍するかも考えられるというものです。

 逆に言えば、シニアでも能力がある人は年齢にかかわらず、適切なポジションにとどまってしかるべきで、役職定年どころか、定年制もなくして構わないのではないか。純粋に能力で判断するようにすればいいだけなのではないでしょうか。

 特に今、日本は少子高齢化による労働人口減少が課題となっていますが、シニア層の活用は進んでいません。しかし、今後は海外からの労働者流入に加えて、絶対にシニア層の活用が必須になるはずです。そういう意味でも、年齢で見ないで能力を判断すべきでしょう。

 米国のスタートアップなどでも、実はシニア層が重要なポジションを占めているという話があります。たとえばグーグル元CEOのエリック・シュミット氏などは、重鎮として経営に参画することで、会社の成長を導いた存在と言えるでしょう。本来、能力があるシニアは、スタートアップのような環境でも活躍できるのではないかと感じます。

会社の看板を外して生きるために
「自分の作品」と呼べるものを持つ

 私自身の話に戻ると、当初考えていた「会社に依存しない生き方」を超え、「会社の看板を外しても生きられる力を付けたい」と考えるようになった結果、現在に至っています。

 マイクロソフトに所属していたときには、日本のウインドウズ開発を担当し、開発責任者のような立場に置かせてもらって、やりがいもありました。しかしやはり、私がどういう存在かを考えたときに「マイクロソフトの及川」「ウインドウズ開発担当者の及川」ということになるわけです。