「なぜデマは真実よりも速く、広く、力強く伝わるのか?」SNSに潜むウソ拡散のメカニズムを、世界規模のリサーチと科学的研究によって解き明かした全米話題の1冊『デマの影響力──なぜデマは真実よりも速く、広く、力強く伝わるのか?』がついに日本に上陸した。ジョナ・バーガー(ペンシルベニア大学ウォートン校教授)「スパイ小説のようでもあり、サイエンス・スリラーのようでもある」、マリア・レッサ(ニュースサイト「ラップラー」共同創業者、2021年ノーベル平和賞受賞)「ソーシャル・メディアの背後にある経済原理、テクノロジー、行動心理が見事に解き明かされるので、読んでいて息を呑む思いがする」と絶賛された本書から一部を抜粋して紹介する。
人間の脳は「いいね!」に反応する
すでに述べてきたとおり、人間の脳は生まれつき社会的信号を処理するようにできている。では、ソーシャル・メディアを利用すると、私たちの脳には何が起こるのだろうか。
カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)の神経科学者たちはそれを知るために、インスタグラムに似たアプリを作った。そのアプリのフィードで写真を見る時に脳内でどういう反応が起こるかを確かめようとしたのである。
アプリは、インスタグラムと同じように、何枚もの写真を連続して表示する。若者たちにアプリを利用してもらい、研究者たちはfMRI画像で、その時に脳内のどの部位が明るくなるかを見た(1)。
また、被験者にアプリを使わせるさい、写真についている「いいね!」の数や、表示される写真の種類を様々に変えるなどした。
そのほか、被験者自身の写真を表示するか否か、他人の写真を表示するか否かを切り替えたり、危険をはらむ行動(酒を飲むなど)をとらえた写真を表示するか、そうではない中立的な行動をとらえた写真だけを表示するかを切り替えたりもした。
しばらく被験者に利用してもらったあと(2)、研究者たちは、写真を見ている時の被験者の脳に何が起きたかを確認した(3)。
私は科学者であると同時に六歳の子の父親でもあるが、この実験の結果を知って興味を引かれる一方で不安にもなった。
「いいね!」が多い写真を見ると……
まず、わかったのは、「いいね!」が多くついた写真を見る時に、脳内の、社会認知、報酬(ドーパミン報酬系)、注意(視覚野)に関わる部位が活性化しやすいということだ。
「いいね!」の多い写真を見た被験者は、脳全体の活動がさかんになり、特に視覚野が活性化した。
視覚野が活性化した時には、おそらく、被験者は自分の見ているものに集中しており、より注意深く、詳しく見ていると考えられる。
見ている写真の違いが結果に影響しないよう、写真ごとの「いいね!」の数は無作為に決まるようにした。写真の明度や内容などとは無関係に「いいね!」の数が決まるようにしたのである。
「いいね!」の多い写真を見た時に視覚野が活性化する傾向は、被験者自身の写真を見た時でも他人の写真を見た時でも変わりはなかった。
つまり、それがどのような写真であれ、とにかく「いいね!」が多くついてさえいれば、被験者は注意深く、詳しく見たということになる。人間は、他人が高く評価した情報には注意を向けるということだ。
「いいね!」がたくさんつく写真はそれだけ興味深いものなのだから当然だ、と思う人もいるだろうが、写真の内容に関係なく無作為に数多くの「いいね!」をつけた実験でも、傾向は変わらなかったのだ。
写真の内容ではなく、「いいね!」の数が、視覚野の活性化のきっかけになっていたのである。
自分の写真に「いいね!」が多くついていると……
さらに、自分の写真に数多くの「いいね!」がついた時には、メンタライジング・ネットワーク──社会脳だ──が活性化することもわかった。
「いいね!」は無作為につけられているのだが、偶然、自分の写真に多くつけられているのを見た被験者はそれに反応し、脳内の社交に関する部位が特に強く活性化するのである。
同時に、物まねに関係する部位と言われる下前頭回も活性化することがわかった。
自分自身の写真を見た時、私たちの脳では、自分は人からどう見えるのか、また自分は他人とどこが同じでどこが違うのか、といったことを考える部位が活性化するのだ。
言い換えると、私たちは、自分自身の写真を社会的文脈のなかで理解するということである──他人がその写真をどう思うかを考え、それによって写真を理解する。
自分自身の写真に「いいね!」が多くついた時には、ドーパミン報酬系にも活性化が見られた。喜び、やる気、パブロフ反射などに関係する部位だ。ドーパミン報酬系が活性化すると、私たちは喜び、幸福を感じ、恍惚となり、さらに同じような報酬を求めるようになる。
「パブロフの犬」が、スマホで引き起こされている
心理学者のジェームズ・オールズとピーター・ミルナーは、ラットを使った実験をした。ラットがレバーを押すと、報酬系が刺激されるようにしたのである。ラットはほかに何もせず(4)、食べることも眠ることもやめて繰り返しレバーを押しつづけ、最後は力尽きて死んだという。
イワン・パブロフは、いわゆる「パブロフの犬」の実験で有名である。報酬(食べ物など)を与える時に、毎回それとは本来無関係な刺激(ベルの音を聞かせるなど)を与えると、やがてその無関係な刺激を与えるだけで、犬は唾液を出すようになることを発見した(5)。
パブロフは、無関係なはずの刺激を報酬と結びつけ、記号(ベルの音)で報酬系をはたらかせることに成功したわけだ。これと同様のことが、現代はデジタルの世界で起きていると言える。
本来は社会的承認と称賛の記号にすぎない「いいね!」によって報酬系がはたらくようになっているのだ。「いいね!」を見ると、ドーパミン報酬系が刺激され、さらにオンラインでの社会的承認を求めるようになる。
まるで、オールズとミルナーの実験でレバーを押しつづけたラットのように、あるいはベルの音だけで唾液を出したパブロフの実験の犬のようになるのだ。
【参考文献】
(1) Lauren E. Sherman et al., “The Power of the Like in Adolescence: Effects of Peer Influence on Neural and Behavioral Responses to Social Media,” Psychological Science 27, no. 7(2016): 1027-35.
(2) Lauren E. Sherman et al., “Peer Influence via Instagram: Effects on Brain and Behavior in Adolescence and Young Adulthood,” Child Development 89, no. 1(2018): 37-47.
(3) Lauren E. Sherman et al., “What the Brain ‘Likes’: Neural Correlates of Providing Feedback on Social Media,” Social Cognitive and Affective Neuroscience 13, no. 7(2018): 699-707.
(4) James Olds and Peter Milner, “Positive Reinforcement Produced by Electrical Stimulation of Septal Area and Other Regions of Rat Brain,” Journal of Comparative and Physiological Psychology 47, no. 6(1954): 419.
(5) Ivan P. Pavlov, Conditioned Reflexes: An Investigation of the Physiological Activity of the Cerebral Cortex, trans. and ed. G. V. Anrep(Oxford: Oxford University Press, 1927), 1960.〔パヴロフ『大脳半球の働きについて─条件反射学』〈上・下〉川村浩訳、岩波書店、1975年〕
(本記事は『デマの影響力──なぜデマは真実よりも速く、広く、力強く伝わるのか?』を抜粋、編集して掲載しています。)