SNSとの適度な距離の置き方とは?

――たしかに…。SNSと適度に距離を置くには具体的にどうすれば良いでしょうか?

川野:物理的な回数を制限するのもひとつの方法だと思います。

 よく私が患者さんにアドバイスさせていただくのは、全てのSNSを1時間に1回だけチェックするようにしましょう、それ以上は緊急の着信などを除いてなるべくスマホを見ないようにしましょう、ということです。

 こうすると、スマホを見る機会を1日に15回前後に減らすことができます。

――そうやって自分で見る回数を決めるだけでも、SNSに振り回されなくなりそうですね。

川野:そうですね。自分の行動を自分で規定する、つまり自分の身の振り方はしっかりと自分が決めて実行することができるのだという感覚を持つことは、心の安寧のために非常大切です。

 こういう感覚のことを医学的には「自己効力感」と言います。

 正確には「目標を達成するための能力を自らが持っていると認識すること」を意味します。

 簡単に言えば、「自分のあり方に効力を持っている」という感覚のことです。そしてこれこそが、「自己肯定感」の裏づけとなるのです。

 禅語でいうところの「主人公」ですね。

自分の人生の「主人公」になっているか

――主人公?

川野:はい。昔、中国の偉いお坊さんが山の中で1人で暮らしていたのですが、毎朝、「おい、主人公」と大声で呼ぶ声が聞こえてくるのだそうです。周囲に誰もいないにもかかわらず、一人でそう叫んでいたのです。そしてその問いかけに「ハイ!」と、これまた自分で答えていたといいます。

 これは、自分の人生を主体的にちゃんと生きてるのか? 他人の言説や世の中の情報に幻惑されて、自分自身の人生を生き切れていないのではないか? と自問自答しながら、真なる自己と向き合おうと必死に修行を続けていたということです。

 こうしたエピソードから派生して、今、主人公という言葉はドラマとか小説の中の主役の人に当てられる言葉になったという説もあるんです。

――なるほど。「主人公」はもともと禅の話が起源のですね。たしかに、自分の人生のはずなのに、誰かの期待に応えるためだけの人生になっている人も多そうです。

川野:はい。自分の人生ではなく、ほかの誰かの人生を生きていないか、と振り返ってみることはすごく大事だと思いますし、私自身も日々意識するようにしています。人は誰の所有物でもないのですから。

『大丈夫じゃないのに大丈夫なふりをした』の著者のクルベウさんも本の中でおっしゃっていましたが、いかなるときでも自分の心は「自由」であると知っておくこと、これが大切なのではないでしょうか。自分自身が幸せになる自由を、誰もが持っている。

「人を幸せにする人生」は素晴らしいです。

 でも、人のためだけに自分のすべてを犠牲にするのではなく、「自分も共に幸せになる人生」について考えてみることが大事なのではないかと思います。

川野泰周(かわの・たいしゅう)
精神科・心療内科医/臨済宗建長寺派林香寺住職
精神保健指定医・日本精神神経学会認定精神科専門医・医師会認定産業医。
1980年横浜市生まれ。2005年慶應義塾大学医学部医学科卒業。臨床研修修了後、慶應義塾大学病院精神神経科、国立病院機構久里浜医療センターなどで精神科医として診療に従事。2011年より建長寺専門道場にて3年半にわたる禅修行。2014年末より横浜にある臨済宗建長寺派林香寺住職となる。現在寺務の傍ら都内及び横浜市内のクリニック等で精神科診療にあたっている。
うつ病、不安障害、PTSD、睡眠障害、依存症などに対し、薬物療法や従来の精神療法と並び、禅やマインドフルネスの実践による心理療法を積極的に導入している。またビジネスパーソン、医療従事者、学校教員、子育て世代、シニア世代などを対象に幅広く講演活動を行なっている。
主な著書に『会社では教えてもらえない 集中力がある人のストレス管理のキホン』(すばる舎)、『半分、減らす。「1/2の心がけ」で、人生はもっと良くなる』、 (三笠書房)、『精神科医がすすめる 疲れにくい生き方』(クロスメディア・パブリッシング)、『「精神科医の禅僧」が教える 心と身体の正しい休め方』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)などがある。