世界観を共有すれば、議論が深まる

藤本 ビジョンがリアリティーを持って動きだした、と思ったタイミングはありますか。

中島 設定を動かしていくと、自然に社会課題が立ちはだかってくるんです。それをどう解決するかを考えることがすなわち物語なんだ、小説ってこうやって生まれるんだ、とリアルに感じました。

 物語が「自分ごと」になったのは、作ったキャラクターにセリフを言わせたときですね。それまでは、どこか思考実験のような感覚でしたが、「こんな場面になったら、私ならどう思うだろう?」と考えるとぐっとくる。キャラクターが男性でも、子どもでも、不思議と共感できました。

藤本 特に思い入れのあるキャラクターは?

中島 『美はまた近くになりにけり』の主人公・アサヒです。美容が大好きで、人の目を気にしながらも内心モヤモヤしている。男性キャラですが、共感できるところが多かったので、自分に置き換えると映像がクリアになって、ディテールが気になってくるんです。例えば、アサヒがマッサージを受ける場面があるんですが……。

葦津 マッサージ店! あれは大激論になりましたよね。2050年にカーテン1枚で仕切るようなスタイルのマッサージ店があるのかと。

藤本 フードテックに関係のない部分で大激論に(笑)。

高梨 確かに、周辺の生活環境がどうなっているかについてはいろいろな意見が出ましたね。「エアタクシーが普及した時代に、普通のタクシーはあるの?」とか、「トラック輸送はなくならないはずだ!」とか。

SF思考で共創する、手触りのある未来――農林水産省フードテック官民協議会「2050年の食卓の姿」ビジョン作りの事例から高梨雄貴氏(農林水産省) Photo by ASAMI MAKURA

葦津 フードテックだけにフォーカスしていたら、2050年の人たちがどんな家に住んでいて、どんな手段で移動して、どんなサービスを使うのかまでは想像できませんが、小説になると「代替肉はこういう人たちが食べているのか!」という手触り感が生まれるんですよね。

高梨 そうですね。周辺技術の議論が盛り上がったのは、それだけきちんと世界観が共有できたからだと思います。そのおかげで作中に描かれているフードテックのリアリティーも増しました。出来上がった小説は、確かに随所にフードテックが散りばめられているけれど、表現されているのは「未来のフードテック」ではなく、もっと広い「フードテックが進化した未来社会」になったと思います。