多様な価値観をそのままビジョンに生かす

藤本 今回は、小説のプロットを作るワークショップとは別に、完成したSF小説について議論して、さらにブラッシュアップする議論の場も設けました。中島さんはどちらにも参加されていますが、気付きはありましたか。

中島 プロットを作っているときは「かなりとっぴな物語になった!」と思っていたのに、完成した小説を基に議論すると、「この技術はもう実現してるんじゃない?」みたいな突っ込みがたくさん入ったのは目からウロコでした。でも、あのプロセスがあったから物語に厚みが出たと思います。

藤本 SF思考は、SFを作るプロセスだけでなく、できたSFをコミュニケーションに活用していく中でいろいろな発見がありますね。

葦津 私は、できた小説を同僚に「読んで読んで」と薦めているので、社内で「これって『くらやみマンションS.O.S』だね」「米良さんみたいな存在が必要ですよね」みたいな会話が普通にできるようになったんですよ。小説内の言葉を使うと、すっと話が通じる。これって、『ドラえもん』を知っていたら「アンキ(暗記)パンが欲しい〜」だけでニュアンスが伝わるのと似ていますよね。フィクションは共通言語としてすごく役に立つんだなあ、と実感しました。

SF思考で共創する、手触りのある未来――農林水産省フードテック官民協議会「2050年の食卓の姿」ビジョン作りの事例から葦津紗恵氏(三菱総合研究所) Photo by ASAMI MAKURA

中島 この小説を使って、自分の会社の未来を考えるのも面白いと思うんですよ。「小説の世界に潜入して、2050年に自社がどうなっているか調査レポートを書きなさい」と、お題を出してみるとか。

藤本 いいですね。「もし自社が倒産しているとしたら?」「もし急成長しているとしたら?」など、幾つか別のシナリオを想定して、理由を説明してもらうと盛り上がると思います。

中島 既存の企業理念を文字として理解するより、具体的なビジョンが浮かび上がってくるかもしれません。理念やビジョンって、研ぎ澄まされた言葉で、到達すべき理想の姿が凝縮して表現されていることが多いので、そのためにどうすればいいのか具体的なイメージが湧きづらいことがあります。

葦津 研ぎ澄まされた理想像が提示されるだけだと「受け入れるか、受け入れないか」の二者択一を迫られているような気分になりますが、小説という形式なら、描かれているもの全てに合意できなくても世界観として共有できるので、その先の議論がしやすいんですよね。

藤本 多様な価値観が自然に並立する世界観を受け入れると、異質なものの存在を認めた上で、別の可能性を考えることができますから。

葦津 そして、異質なものがいろいろあるのが現実ですよね。

藤本 まさにそうです。だからこそ、現実の多様性をビジョンに反映する手段としてSF思考は有用なのだと思います。私自身、自治体や企業などの未来像づくりの一番初期、ステークホルダーが共創してありたい姿の初期案を作るフェーズに携わるケースが非常に増えました。「共創」は、これからますます重要になる概念だし、SF思考の得意技なので、さらにさまざまな場面で活用が進んでほしいと思います。

SF思考で共創する、手触りのある未来――農林水産省フードテック官民協議会「2050年の食卓の姿」ビジョン作りの事例からPhoto by ASAMI MAKURA