後悔しない「歯科治療」#8Photo:Photolibrary

要介護となった高齢者が自力で歯科医院に通うのは難しい。歯科の訪問診療もまだまだ根付いていない。高齢者のお口の健康はしばしば“ほったらかし”になってしまっている。特集『決定版 後悔しない「歯科治療」』(全23回)の#8では、歯がボロボロになった認知症高齢者などが多数生まれている実態を追う。(医学ライター 井手ゆきえ)

20本以上の歯を残す「8020運動」の功罪
その残った歯は健康なのか?

 日本の歯科医療の95%は歯科診療所や病院の「外来」で行われる。国内のレセプトデータから歯科の受診率を見ると、1年のうちに歯科でなんらかの処置を受けた人の割合は14.5%で、65~74歳は19.4%、75歳以上の後期高齢者は16.5%と、やはり高齢者のニーズは高い。

 ところが、歯科訪問診療を利用した人の割合は、75歳以上で2.5%までがくっと落ちる。要介護者となり自力で歯科診療所に通えなくなった時点で、高齢者のお口の健康は放置されている可能性が高いわけだ。

 8020運動の功罪――。訪問診療・介護現場ではそんな言葉がささやかれている。

 80歳で20本以上の歯を保つことを目的とした、いわゆる「8020運動(ハチマルニイマルうんどう)」がスタートした1989(平成元)年当時、80歳で20本以上の歯を残していた人の割合は10%に届かなかった。しかし、2016年の歯科疾患実態調査(厚生労働省)では51.2%へ大きく改善。8020運動の成果といっていいだろう。ただ、その残った歯の「質」が問題なのだという。

 太田歯科医院・歯科訪問診療センター(鹿児島市)のセンター長である田實仁氏は、「8020運動の本来の目的は、栄養状態と健康寿命に直結する、噛む、飲み込むといった咀嚼・嚥下機能を維持して健康寿命を延ばそうというものでした」と説明する。

「20という数字は、それまでの研究や調査から、おおよそ20本以上の歯が残っていれば、硬い食品でもちゃんと噛めるといわれている本数です。それが認知されたのは大きな成果ですが、残された歯の質や状態についてはあまり言及されてきませんでした」(田實氏)

 8020運動では根っこが黒く残っただけの歯も「1本」と数えるため、口を開けてみれば虫歯だらけで歯周病に侵された、形ばかりの「8020」達成者が少なくない。

 前出の歯科疾患実態調査でも、65~74歳で虫歯(う歯)がある割合は95.0%、75~84歳で87.8%に達する。歯周病の評価では、4mm以上の歯周ポケットがある人の割合が45歳以上で50%、65歳以上~74歳ではおよそ60%だ。つまり、65歳以上の半数は20本以上の歯を保っているが、その半数以上は虫歯と歯周病に侵され、何かのきっかけで口腔内の環境がさらに悪化するリスクを抱えた高齢者が多いともいえる。

「個人的な印象ですが、歯科訪問診療を利用している患者さんのうち、良好な状態で8020を達成している人は1割程度でしょう」(田實氏)

 特に厄介になるのは、誰もがかかり得る病気、認知症だ。家族や介護者が「おかしいな」と気付く頃には、口の中が悲惨な状態に陥ってしまっていることが少なくない。