コンスタンティヌス1世とは何者か?
ここで、コンスタンティヌス1世について、思い起こしてください(→本書201ページ以降)。
彼は三位一体説をめぐる宗教論争の際に、公会議を主催して三位一体説を認めたものの、自分自身は今(いま)わの際(きわ)に、キリストは人の子であると説くアリウス派の洗礼を受けた皇帝でしたね。
その彼が都から遠く離れたローマ教皇を尊重していたかどうか。それを証明する史実はありません。
第一、その時代に権威を持ったローマ教皇がいたかどうかも実証されてはいないのです。
「コンスタンティヌスの寄進状」については、昔から多くの人たちが疑わしいとは思っていました。しかし論証できなかったのです。
15世紀になって、ついにロレンツォ・ヴァッラがこの寄進状を偽書だと断定したのですが、それは実に簡単な、けれども真に学術的な方法によってでした。
彼は寄進状に使われている言葉をていねいに分析したのです。
すると、そこに使用されている言葉や言い回しが、コンスタンティヌス1世の時代に使用されたものではなく、ローマ教皇がピピンの寄進を受けた8世紀の言葉や文体であることを、文献学的に論証したのでした。
合理的、近代的な学問が登場したのです。
ヴァッラの『快楽について』と『ヴィーナスの誕生』
ロレンツォ・ヴァッラは『快楽について』(近藤恒一訳、岩波文庫)という本も執筆しています。
彼はこの本の中で愛について、精神的な純愛だけではなく性愛も素晴らしいものであると、堂々たる論理展開で主張しました。
併せて、人間の体は美しいものであると主張しました。
『快楽について』が執筆されてから約50年後に、あのサンドロ・ボッティチェッリ(1445頃-1510)の名作『ヴィーナスの誕生』や『春(プリマヴェーラ)』が生まれました。
女性の裸体の美しさを讃える思想が堂々と書かれる時代があって初めて、あのような華麗で生命感にあふれた名作が誕生したのだと思います。
換言すれば、ロレンツォ・ヴァッラは神の手から人間を取り戻す、素晴らしい理論武装を与えてくれた哲学者であった、といえるかもしれません。
『哲学と宗教全史』では、哲学者、宗教家が熱く生きた3000年を、出没年付きカラー人物相関図・系図で紹介しました。
僕は系図が大好きなので、「対立」「友人」などの人間関係マップも盛り込んでみたのでぜひご覧いただけたらと思います。
(本原稿は、13万部突破のロングセラー、出口治明著『哲学と宗教全史』からの抜粋です)
『哲学と宗教全史』には3000年の本物の教養が一冊凝縮されています。ぜひチェックしてみてください。