混沌を極める世界情勢のなかで、将来に不安を感じている人が多いのではないだろうか。世界で起きていることを理解するには、経済を正しく学ぶことが重要だ。とはいえ、経済を学ぶのは難しい印象があるかもしれない。そこでお薦めするのが、2015年のギリシャ財政危機のときに財務大臣を務めたヤニス・バルファキス氏の著書『父が娘に語る 美しく、深く、壮大で、とんでもなくわかりやすい経済の話。』だ。本書は、これからの時代を生きていくために必要な「知識・考え方・価値観」をわかりやすいたとえを織り交ぜて、経済の本質について丁寧にひも解いてくれる。2022年8月放送のNHK『100分de名著 for ティーンズ』も大きな話題となった。本稿では本書の内容から、機械化を進めても実は利益がでない理由をわかりやすく伝えていく。(構成:長沼良和)
「機械化で便利になった」は本当か?
テクノロジーの進化が取り沙汰されて久しい。機械化が進み、人の生活は劇的に便利になり、仕事も自動化されて楽になったと言われている。
事実、生活面では家電の進化で面倒な家事をしなくて済むようになり、パソコンとインターネットの普及で、仕事の生産性は劇的に向上した。そのおかげで、今や通勤すら不要なものになりつつある。
ところが、市場社会を眺めると、世界的な富める者と貧しい者の格差はすさまじく拡大し、貧困や飢餓で苦しむ人は相変わらず多い。
状況は変わっていないどころか、悪化しているようにさえ見えるのは気のせいだろうか?
機械化が進むほど価格競争が激化する
市場社会において、起業家は機械化を進めて生産性を高め、製造コストを下げることに躍起になってきた。
そして、たくさんの製品を売るためにライバルよりも安い価格で売ろうとして、そこに競争が生まれた。
この競争が激化していくと、製品はどんどん安くなり、大量に売っても利益が出せなくなる。
ここで、安く大量に生産できているにもかかわらず、まったく利益が得られないという矛盾が生じる。
人が機械を操作して製品を生産しているはずが、機械を正常に動かすために人が一生懸命に機械をメンテナンスしているような有様だ。
まるで人間が機械の奴隷になってしまっている。機械化によって人間の生活が快適になるはずだったのに、その実感があまりないのはなぜなのか。
人を雇ったほうが安くつくワケ
価格競争が激化して製品の価格が下がって利益が出せなくなると、赤字になって耐えられなくなった企業は倒産することになる。
その結果、彼らは銀行からの借金の返済ができなくなり、倒産した企業が増えると経済の循環は停止してしまう。すると経済危機が訪れ、多くの人が路頭に迷うことになる。
そんな中、命からがら最後まで生き残った企業は、ライバルが死に絶えてようやく価格競争から脱することができる。そのおかげで製品の価格を上げられるようになり、なんとか息を吹き返す。
そのときに、経営者は機械を導入するよりも、人を雇った方が安いコストで済むことに気づく。人は仕事がなくなると、安い賃金であっても働こうとするからだ。
まして多くの企業が倒産して仕事がない状況であれば、求人があれば安くても飛びつく。これにより、人は機械に奪われた雇用をいくらか取り戻すことになる。
人は安い賃金だったとしても、得たお金で製品を購入するので、市場社会の循環をうながす役割を担う。その意味でも機械よりも人が賃金を得た方が、市場社会のためになる。
「利益を増やすための自動化」が利益を減らす
経営者は、機械による自動化を進めていけば、安いコストで製品を大量生産できるから多くの利益を得られると思っていた。
しかし、実際にはうまくいかないことを痛感させられた。
市場社会では、利益を追求するために仕事の自動化を進めれば進めるほど利益を失い、下手すると倒産まで追い込まれるという矛盾があることに気づかされるのである。
労働者の抵抗は企業全体の利益を守る
労働者が労働組合をつくって仕事の機械化に反対することは、自分たちの雇用を守るためである。
実はこの反対運動は、製品の価格の下げ過ぎにストップをかけ、企業の利益を守ることにもつながっている。
その意味で労働者の抵抗は、労働者自身だけでなく経営者や企業全体にとって非常に有意義なのである。
利益を増やすためだった仕事の機械化は、実際には利益を減らしてしまうことになる。それを助けたのが、機械化に反対する労働者たちというのは、なんとも皮肉なことだ。