多様性の中で起こりがちな
「議論がかみ合わない」理由

白坂先生白坂成功(しらさか・せいこう)
應應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授。東京大学大学院修士課程修了(宇宙工学)、慶應義塾大学後期博士課程修了(システムエンジニアリング学)。大学院修了後、三菱電機にて15年間、宇宙開発に従事。「こうのとり」などの開発に参画。大学では技術・社会融合システムのイノベーション創出方法論などの研究に従事。2008年より慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科非常勤准教授。2010年より同准教授、2017年より同教授。2015〜2019年まで、内閣府革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)のプログラムマネージャー。宇宙スタートアップ「Synspective」共同創業者。IPAデジタルアーキテクチャ・デザインセンターアドバイザリーボード座長として新産業構造構築に携わる。内閣官房 デジタル市場競争会議委員、経産省 産業構造審議会グリーントランスフォーメーション推進委員会委員など、多くの政府委員会委員も兼任。

白坂 いいですね。私が教えているシステムデザイン・マネジメント研究科では、企業が持ち寄った課題に対して、2週間に1回、学生の各グループがソリューションを提案し、それに対して、教員がコメントを述べる講義があるのですが、そのときに、必ずプロトタイピングをやりなさい、何もなしで提案するな、と伝えています。

 なぜなら提案のみだと、教員、つまりは提案された側は、頭のみで考えたり、自分の限られた経験上で考えたりしてしまい、「そんなことは絶対に無理だ」と言ってしまうかもしれない。全然違うことをやっている人に何を聞いても、的を射たコメントは返ってきません。

 でも、プロトタイプをつくって、子ども向けなら子どもに、主婦向けなら主婦向けに、実際に行ってみて、「このようなデータが取れました、このようなインサイトがありました」と、言うことができれば、教員はそのソリューションのターゲットではないので、それがいいものかどうかの最終的な判断はできないんです。実際に試してしまって、「世の中は今こうですよ」「このデータからわかるように、主婦のかたがたはこれはいいと言ってくれているんですよ」と示すことができれば、反対する人なんて出てこないんです。

 また、研究科の学生の多くは社会人で、エンジニアもいれば、人事や営業の人もいて、ベンチャーの経営者、お笑いタレント、省庁の職員など本当にダイバーシティで、それぞれの経験やバックグラウンドも全然違うんです。

 その中で、私たち教員がイノベーションに関する授業で常に言うのは、今、入山先生がおっしゃった、認知の限界の話に近いもので、自分と違う意見を言う人がいたら、「この人は自分が気づいていない何が見えているんだろう」と思いなさいと。自分と違うことを言うのは「自分やその人が間違えている」のではない。「見えているものが違う」から違うことを言っているんだと考えろと。

 その「自分が見えていない何か」を見つけられたら、それは大きなインサイトとなる。だから、違う意見はまずは歓迎し、歓迎するだけでなく、「この人には何が見えているんだろう」「どういう見方をしているのだろう」、そのことを考えてみなさいと、常に言っています。

入山先生入山 章栄(いりやま・あきえ)
早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶応義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所で主に自動車メーカー・国内外政府機関への調査・コンサルティング業務に従事した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。Strategic Management Journal, Journal of International Business Studiesなど国際的な主要経営学術誌に論文を発表している。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』(英治出版)、『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』(日経BP社)、『世界標準の経営理論』(ダイヤモンド社)など。

入山 素晴らしいですね。時々、新規事業のお誘いをいただくことがありますが、必ず私が反対する事業を持ってきてほしいと言っています。長い目で見ると、私が良いと思うものなんて大したことがないはずで、私が良くないと思うものこそ、当たるからですと。

 イノベーションは知と知の組み合わせですけれど、それらはお互いに離れているものなので、可能な限り、バラバラなバックグラウンドを持った人が集まっているほうがいいに決まっています。そうなると、日本の企業で足りないのはやはり多様性ですよね。多様性がないとイノベーションは生まれない。お笑い芸人と省庁の職員が一緒にいる、白坂先生の大学院のような環境は最高ですね。

白坂 多様な人が集まるとき、最初に苦労するのが、「お互いの言葉遣いがわからない」「議論がかみ合わない」といった点です。

 そのようなときは、まず可視化するんですね。「言葉」のみで議論せずに、描き出して可視化してみる。言葉だけのニュアンスを使って伝えようとすると、結局、「あなたが言っていることはよくわからない」で終わってしまいます。言葉だけだと、多くの言葉を使ってもっとも伝えたいことがぼやけてしまうんです。一方で、伝えたいことを可視化しようとすると、構造化がなされて、余計なことは描かれずに伝えたいキーポイントだけになります。本当に伝えたいところを伝えることができる。そして、そこに対して意見を戦わせる。こうしたやり方をしています。

入山 とてもおもしろい話で、全面的に共感します。経営理論に落とし込むという作業は、究極の「抽象」化ですよね。一方、なぜ、他人との話がかみ合わなくなるかというと、多様な人が集まると、それぞれ、「具体」で話すからですよね。自動車メーカーの人と、ファッション産業の人が、具体論で話を始めると、当然、話はかみ合わないんですよ。

 結局、多様性にしても「共通言語」が必要で、手前みそで恐縮ではありますが、2019年に『世界標準の経営理論』という本を刊行したんですね。これはまさに、議論のレベルを合わせるために使ってほしいと願って書いたものです。たとえば、この本で学んだ人たちが、具体的な話をした後に、別の人が「それは『知の探索』が足りていませんよね」と言うと、皆、「そうそう」と納得してくれる。共通言語として使ってもらえるんです。

 林幸弘さん(リンクアンドモチベーション モチベーションエンジニアリング研究所 上席研究員)が、「この本は語学である」と紹介してくれましたが、そのように、いろいろなシチュエーションで共通言語として使ってもらえれば、本望ですね。

白坂 私たちも授業で、「具体」と「抽象」の話をよくします。抽象的なところで共通認識を持たせておいてから実際に具体化していくとか、具体的なものを抽象化していくとか、「具体」と「抽象」を行ったり来たりすることは大切ですよね。

 日本では、この上(抽象)と下(具体)を行き来することはあまり訓練されていない。具体から抽象に上げるのが苦手で、具体に持っていかないと抽象的な議論ができない人たちが多いんです。なので、多様性、ひいてはイノベーションには、その訓練も必要だと思います。

入山 なるほど。抽象化するのに、僕は経営理論を使い、白坂先生は図などで可視化する。