精神論を持ち出す時、日本は大抵弱っている

「日本のゴミ拾いは世界一」のように日本人の高いモラル、高潔な精神みたいなものが外国人に褒められましたというニュースが氾濫する時というのは往々にして、日本が危機的状況に追い込まれている時であることが多い。

 その代表的なケースが、太平洋戦争末期だ。ミッドウェー海戦に敗れて、絶対国防圏も破られて東京や大阪など大都市に続々とB-29が飛んできて焼夷弾を雨のように降らせるようになると、一般国民の中でも「この戦争は負けるな」と感じる人が多く出てきた。

 しかし、そのように危機的状況に追い込まられるほど、奇妙なことに「日本人の精神がいかに優れているのか」という方向のニュースが増えていくのである。

 軍事衝突では負けてばかりで、国内の情勢的にも、苦しい、貧しいというムードが強まっている。にもかかわらず、新聞やラジオでは「大和魂を世界が称賛」みたいな話が急増していたのだ。

 わかりやすいのは、日本軍がビルマ戦線でインパール作戦を遂行していた最中の1944年4月10日、「読売新聞」で報じられた「驚嘆・日本人の『アッツ魂』ソ連で少国民の教材に採用」という記事だ。
 
 日本軍が占領していたアメリカ領・アッツ島では、1943年5月、1万1000人の米軍を迎え撃って陸海軍で合わせて2638名が「玉砕」をした。生存者はわずか二十数名。「生存率1%」という明らかに人命軽視の無謀な軍事行動だった。

 だが、そんなアッツの悲劇を、当時の「読売新聞」は、「日本人の高潔な精神を世界が称賛している」と自画自賛しているのだ。

「ソ連邦でもしばしばプラウダ紙上にこのことをとりあげて恐るべき日本の大和魂として論及、赤軍某有力幹部の如き“われわれは日本人のこの精神をこそ学ばねならぬ”とまで論じて日本武士道精神の激しさに今更ながら感嘆してゐたが今回これを自国少国民の教材に取りあげるに至つたものである」(同上)

 陸海軍の巧みな戦術が評価されたという話ではない。日本兵の高い戦闘能力が評価されたわけでもない。ただただ、「根性」「大和魂」という日本人の精神が評価されたというだけの話なのに、「読売新聞」はこんなにも誇らしげに国民に伝えている。こういう「日本人のど根性に世界が称賛」みたいな報道が、日本の惨敗まで延々と続いていく。

 これは逆にいうと、もはやこの時期の日本は「根性」や「大和魂」という精神論しか誇れるものがなくなってしまったほど、危機的状況になっているということだ。