なぜ、「正論」を主張しても、組織は1ミリも動かないのか? 人と組織を動かすためには、「上司は保身をはかる」「部署間対立は避けられない」「権力がなければ変革はできない」といった、身も蓋もない現実(人間心理・組織力学)に対する深い洞察に基づいた、「ヒューマン・スキル」=「ディープ・スキル」を磨く必要があります。4000人超のリーダーをサポートしてきたコンサルタントである石川明さんが、現場で学んできた「ディープ・スキル」を解説します(本連載は『Deep Skill ディープ・スキル』(石川明・著)から抜粋・編集してお届けします)。
「自分の存在」を認めさせる、
たったひとつの方法とは?
「自分の存在」を認めてもらう──。
これは、組織で仕事をしていくうえで欠かせないことです。存在が認められることによって、はじめて「発言力」や「影響力」が備わるからです。
こうしたパワーをもたない人が、どんなに「正しいこと」を主張したとしても、誰も動いてはくれません。人や組織を動かすためには、その背後にパワーがなければならないのです。
そのためには、何はさておき「実績」が必要です。身も蓋もない話ですが、「実績」という裏付けのない人物が、どんなに立派なことを発言したとしても、組織の中では説得力をもちません。「実績」こそが、発言力の源なのです。
だから、若い人はなんとしても「実績」をつくるべく、なりふりかまわずやれることは何でもやると覚悟を決める必要があります。
入社したばかりの頃は、自分の希望通りの部署に配属されることは稀ですが、そのことに不満を唱えていても何の意味もありません。どんなに不本意な配属であったとしても、そこで「実績」を打ち立てることによって、自分の存在を認めてもらうほかに活路を拓く方法はないのです。
「実績」を上げて、「俺はここにいる!」と声を張り上げる
私自身がそうでした。リクルートに内定した私は、当時の「花形部門」だった情報誌の広告営業のアルバイトを経験したので、入社後は、てっきりその「花形部門」に配属になると思い込んでいました。
ところが、入社していきなり、企業のマーケティング調査などを請け負うグループ会社への出向を命じられ、そこの営業マンとして働くことになったのです。あとになってわかったことですが、アルバイト時代に”のんき”にかまえて、営業成績を上げていなかったのが原因でした。
そんな事情も知らない当時の私は、「なぜだ? 俺のサラリーマン人生、”花形部門”から遠く離れた場所で始まるのか?」と、ただただ愕然とするばかりでした。
だけど、これで火がつきました。なんとしても会社の「ど真ん中」に戻ってやる。そして、もともとの希望である「企画職」に就く。そのためには、ここで実績を上げるしかない。それも圧倒的な営業成績を残すことによって、「俺はここにいるぞ」と声を張り上げるしかない。そう覚悟が決まったのです。
まず、目標を決めました。
当時、毎月発行される社内報に、グループ会社も含めて、各部門のトップ営業マンが顔写真付きで掲載されていたので、それに載り続ければ全社的に認知されるはず。ただし、各部門のトップ営業マンが掲載されるのですから、そこに掲載されるだけでは、並いるトップ営業マンの「ワンオブゼム」にすぎません。そこで、2位の倍のスコアを上げて、圧倒的ナンバーワンになり続けようと心に決めたのです。
「行動量」を最大化したとき、
「経験知」という武器が手に入る
それからは、もう必死でした。
最初の1年はなかなか思うように営業成績を上げることができず、すべてが暗中模索。営業スキルを磨こうにも、何をどうすればいいのかがわからない。とにかく行動量を増やす以外に、自分にできることはありませんでした。
だから、電話件数、訪問件数、プレゼン件数など、とにかく「数」にこだわって動き回りました。お客さまと会える日中は外を駆けずり回り、帰社してから夜中までかけて、打ち合わせや事務処理、資料作成をこなす毎日。落ち着いて食事をとることもほとんどなく、睡眠時間を削りながら仕事に打ち込みました。
ストレスも半端ではありませんでした。営業成績は日次で公表されますから、まさに、毎日、「数字」に追いかけられているようなもの。ストレスのあまり、「締め日」の月末が近づくと、いつも体調を崩していました。
しかし、「行動量では誰にも負けない」と自負できるようになると、だんだんと自信が備わってきます。それに、無数の「成功体験」と「失敗体験」を積み重ねることによって、知らず知らずのうちに「営業スキル」は身体に刻み込まれていきます。圧倒的な「量」をこなすことで、自然と「仕事の質」は高まっていくのです。そして、「仕事の質」が高まれば、「結果」は必ずついてきます。
こうして、暗中模索の1年目は苦しみ抜きましたが、その努力の甲斐あって、加速度的に営業成績が伸び始め、2年目以降の3年間はほぼ毎月、圧倒的ナンバーワンを達成することに成功。同期トップで昇格する栄誉にも浴しました。何より嬉しかったのは、憧れの対象だった本社のスター社員に、「おお、君が石川くんか」と声をかけられたこと。それは、「自分の存在」が認められたことを実感した瞬間でした。
そして、営業マンとして「実績」を上げた結果、私は「自分の希望」を実現するチャンスを手にすることができました。ビジネススクールに社費留学することができたうえに、入社以来の希望だった「企画職」への異動も勝ち取ることができたのです。
「形式知」よりも「経験知」のほうが価値が高い理由
私は、このようになりふりかまわず必死になって「量」をこなす時期は、ビジネスパーソンとして成長するうえで必要不可欠だと思っています。
それが、「実績」をつくる絶対条件であるという理由だけではありません。それに加えて、「量」をこなすことで、勘や感覚などの「経験知」が身につくことも重要です。書物などで言語化されている「形式知」を身につけることも大事ですが、自分の価値を高めるうえでは、現場経験でしか培うことのできない「経験知」を蓄積することのほうがはるかに重要なのです。
なぜか?「形式知」は勉強をすれば誰でも手に入るものですが、「経験知」はあなた自身の経験からしか得られない「唯一無二」のものだからです。「唯一無二」のものであるからこそ、「実績」に裏打ちされた「経験知」をもつ人には、ほかの誰にも真似のできない「独自の価値」が備わるのです。
時に「多読家は仕事ができない」と言われることがありますが、その理由はここにあると私は思っています。もちろん、「読書」は有益です。しかし、「経験」の裏打ちのない「読書」は私たちに力を与えてはくれないのです。価値のある「知」を身につけるために大切なのは、なによりも「経験」なのです。
だから、若い人は、”与えられた場所”で、とにかく「実績」を出すためになりふりかまわず頑張ってほしいと願っています。必ずしも「圧倒的な実績」である必要はありません。組織に「自分の存在」を認めてもらえるだけの「実績」を出し、ほかの人には代替できない「経験知」を身につけることで、ビジネスパーソンとしての第一歩を踏み出すことが大切。そのためには、失敗も含めた膨大な「行動」が欠かせないのです。
(本記事は『Deep Skill ディープ・スキル』(石川明・著)から抜粋・編集したものです)