選挙のたびに投票率の低さが取り沙汰されている。なかでも話題となるのは、若い世代の投票率の低さだ。
そこにあるのは「高齢者が大多数を占める日本社会では、若い人が行動したって、どうせ変わらない」というあきらめにも似た無関心である。
しかし本当に変わらないのだろうか。誰に投票しても結果は同じなのか。そもそも選挙に行く意味、政治を知る意味とは何だろうか――。
『政治のことよくわからないまま社会人になった人へ』の著者でジャーナリストの池上彰さんに、私たちが、とくに若い世代が選挙で政治に参加する意味と必要性について聞いた。
(取材・構成/柳沢敬法、ダイヤモンド社・和田史子、撮影/加藤昌人、ヘアメイク/市嶋あかね)
約10年前、一人ひとりの行動で政治が動いた
――昨年(2021年)の衆議院議員総選挙における若い世代の投票率は10代が43.21%、20代が36.50%(全体では55.93%)。とくに20代の低さが目立っていますが、その背景には「投票しても何も変わらない」「選挙に行く意味なんかあるの?」という“あきらめ感”があるように思えます。
池上彰(以下、池上) 自分ひとりがたった1票を投じたところで大勢に影響などない。だから選挙に行こうが行くまいが何も変わらないと思ってしまうのもわからないわけではありません。
でも、本当に何も変わらないのでしょうか? 過去には、一人ひとりの行動で政治が動いたことがあったのです。
例えば2009年の衆議院選挙では自民党が敗れて、民主党政権が誕生しました。ただこの選挙では民主党の得票数は少し増加しただけで、圧倒的に増えたわけではありませんでした。ところが小選挙区制のため“少しだけ増えた”ことで、それまで第一党として政権を堅持してきた自民党が敗れ、政権交代が実現しました。
――ただ2012年には再び、民主党から自民党に政権が戻りました。
池上 民主党が政権を取るのは初めてで不慣れなことが多く、さらに2011年には東日本大震災もあって政治は混乱。多くの人が民主党に失望した結果、選挙によって政権が再びひっくり返りました。実はこのとき、民主党だけでなく自民党も得票数を減らしています。ただ民主党のほうが減り方は大きかったために、自民党が勝利したのです。
このように、とくに小選挙区制という制度のもとでは、有権者のほんの一部が投票先を変えただけで政治は大きく動き、世の中がガラッと変わってしまうのです。
――「投票しても何も変わらない」という発想は海外でも見られるのでしょうか?
池上 思い出すのは2016年にイギリスで行われたEU離脱の是非を問う国民投票です。このとき若者の多くは「どうせEU離脱なんて認められるわけがない。自分が選挙に行ったって結果は変わらないよ」と考えて投票に行かなかった。一方、「離脱すべき」だと考えていた高齢者たちは投票に行きました。その結果、僅差で離脱が決まってしまったのです。
――僅差で、というところにも大きな意味がありそうですね。
池上 そうなんです。僅差ですから、離脱が決まった直後、若者たちは焦って「もう一度国民投票をやってくれ」とデモをしたりしたんです。「あの時は投票に行かなかったけど、もう一度やれば結果は違ってくる」と。しかし、もう“時すでに遅し”でした。
こんなふうに、「どうせ」と考えて投票を放棄したために、思わぬ形で世の中が変わってしまったという事態が現実に起きていることを、とくに若い人たちに知っておいてほしいと思います。
「誰に投票しても同じ」ではない
――なかには、「誰に投票しても同じだから、選挙に行っても意味がない」と考えている人もいます。本当に「誰を選んでも同じ」なのでしょうか?
池上 政治を行う政治家を、私たち国民が選ぶ。それが選挙です。
ですから投票してしっかり選ばないと、自国の利益のために戦争を仕掛ける、財政が厳しいからと弱い人を切り捨てる、自身の利益のために汚職に手を染めるといった、とんでもない政治家が当選してしまう可能性だってあるのです。そんなことになったら困りますよね。
だから「誰を選んでも同じ」ではないんです。そうした事態にならないためにも、選挙に行って、候補者をちゃんと選んで投票してほしいんですね。
――とはいえ、「ちゃんと選べと言われても、誰に投票したらいいかわからない」という声も少なくありません。投票相手の選び方についてアドバイスなどありますか?
池上 そのときは消去法をとるんです。「この人だけはいやだな」とか「この政党だけはいやだな」とか考え、候補から消していく。結果的に残った人や政党に投票する。つまり、「よりましな」あるいは「より悪くない」を観点にするんです。
若者が選挙に行かないと、「若者のための政治」が行われなくなる
――ほかにも、若い人に伝えたい「選挙で投票しないことのデメリット」があれば教えてください。
池上 まず知っておくべきは、世の中は投票に行く人のことを考えて動かされるということです。政治家は選挙で自分が当選するためにも、必ず投票に行くという人たちの意見を大事にしようとするものです。
今の日本は高齢者ほど選挙での投票率が高い傾向にありますから、政治家は選挙に行かない若い人よりも、高齢者に支持されるような政策ばかり打ち出そうとする。結果、高齢者ばかりが優遇され、若い世代の声は届かなくなってしまうわけです。
――よく言う「シルバー民主主義」という状況になってしまうのですね。
池上 近年、保育所不足や待機児童の増加が問題になっていますよね。これにしたって、過去に若い人があまり投票に行かなかった“ツケ”が来ているとも言えます。
働く若い親たちが国に対して「子ども預ける場所がなくて大変だ」「待機児童を何とかほしい」と思っても、その母親世代の人たちが選挙に行かない。政治家は票にならないことを優先的にやろうとは考えないでしょう。だから後回しになる。
そうしたことを積み重ねてきた結果、若い人が求める政治が行われなくなっているわけです。
――逆に言えば、若い世代の投票率が上がれば、政治家だって若い人の声や意見を無視できなくなる、ということでしょうか。
池上 そのとおりです。若い人たちがこぞって選挙に行って投票することで、政治家は「この世代の意見をちゃんと聞かないと、これからの選挙には勝てないぞ」という危機意識を持つようになる。これがとても重要なことなのです。
――2016年に選挙権が18歳以上に引き下げられました。国も若い世代に政治に関心を持ってほしいと考えているということでしょうか。
池上 それはあると思います。少子高齢化が進むなか、選挙権の年齢を引き下げることで少しでも若い人の声を政治に反映させる。その有権者の“母数”を増やしたということです。ただし、今のところは投票率がそれほど伸びておらず、あまり功を奏してはいないのが現状ではありますが。
――日本の未来を担う若い世代が、もっと政治や選挙に関心を持つ。若い世代の声を、もっと政治に反映させていく。そのためには、当事者である若い人たち自身が投票という形で政治に参加することが大切なのでしょうか。
池上 政治と聞くと「自分とは違う世界の人たちがやっていること」「自分には直接関係のない世界」と考えてしまうかもしれません。でも実は、政治は私たちのすぐ近くにあります。
保育所を作るかどうか、子ども手当を新設するか、公園を増やすかどうかなど、誰もが政治と無関係ではいられないはずです。
だからこそ、政治はどうやって行われているのか、政治はどんな形で自分たちの生活に関わっているのか、といった基本的な制度やしくみなどを知ってほしい。それが政治に関心を持ち、「わがこと」として政治を考える第一歩になります。
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1950年、長野県生まれ。慶應義塾大学経済学部を卒業後、73年にNHK入局、報道記者やキャスターを歴任する。94年から11年間にわたり「週刊こどもニュース」のお父さん役を務め、わかりやすい解説が話題になる。2005年、NHK退職以降、フリージャーナリストとしてテレビ、新聞、雑誌、書籍、YouTubeなど幅広いメディアで活躍。
2016年4月から、名城大学教授、東京工業大学特命教授を務め、現在も11の大学で教鞭を執る。
近著に『知らないと恥をかく世界の大問題13 現代史の大転換点』(角川新書)、『池上彰の世界の見方 東欧・旧ソ連の国々 ロシアに服属するか、敵となるか』(小学館)、『独裁者プーチンはなぜ暴挙に走ったか 徹底解説:ウクライナ戦争の深層』(文藝春秋)、『経済のことよくわからないまま社会人になった人へ』『会社のことよくわからないまま社会人になった人へ』『政治のことよくわからないまま社会人になった人へ』(すべてダイヤモンド社)などがある。