精神的に追い込まれないようにするためには?

――本書の中に「本人は深い井戸の中にいたと思ってたけれども、実際は深くない井戸だった」という内容があります。少し客観的な目線を入れると、そこまで思いつめる必要なかった、というように冷静さを取り戻せそうです。

川野:そうですね。たとえば、ご夫婦でいがみ合うような状態になっている場合、第三者が話を聞いてみると、実はその原因がお互いにとってさして重要ではないことだったと気づけたりします。

「実はすごくささいなことで、ずっと反発し合っていたんだな」と気づいて、関係性がスムーズに修復されたというケースはよくあります。

 第三者が俯瞰的に話を聞くことが、当事者が自分たちの置かれた状況を客観視するための強力なサポートになるわけです。

 かといって、あわただしく現代を生きる私たちにとって、いつ何時でもそうやって話を聞いてくれる友人やカウンセラーがそばにいるとはかぎりません。

 そこでまず大切なのが、注意深く自分自身と向き合ってあげる時間を持つことです。

 さらに『こころの葛藤はすべて私の味方だ。』の本を通して、そんな「自分との向き合い方」を学んでいただくことをおすすめしたいと思います。

 精神分析などの本格的な心理療法を受けることは難しくても、自分でメタ認知を育むような心のケアが実践できることを、著者のチョン・ドオン先生は提案してくださっているのだと思います。

 もちろん、心が非常に苦しい状態に陥ってしまったときには専門家による治療が欠かせません。

 けれども、日頃から自らの内面を客観的に見られるよう心がけておくと、自分の感情を落ち着いて受けとめられるようになり、気持ちが落ち込みにくくなります。

自分の怒りを分析すると、怒りにくくなる

――内観することで、自分自身を客観視できるようになり、ネガティブ・ケイパビリティが身につく、ということでしょうか。

川野:そうですね。自分の感情を丁寧に観察する習慣を持つことで、ネガティブ・ケイパビリティを次第に育むことができると思います。

 たとえば、何かに猛烈に怒りを感じたときに、すぐにその感情に基づいた行動を起こすのではなく、一瞬でも「私はこのことに対してすごい今怒ってるな」と認識することです。

 単に「カッとなっている」だけではなくて、「僕は今、この人の発言のこの部分について、これくらい怒りを感じているんだ」とご自身の怒りを細かく観察するということ。

 その積み重ねによって徐々に心の中にメタ認知のスキルが育まれていくわけです。

 その上で、チョン・ドオン先生はさらに、「自己分析してみましょう」とおっしゃっています。

「なぜこういう状況になると、私は怒りを感じるんだろう」というところまで分析してみると、自分自身の怒りのメカニズムが解明されていき、怒りに振り回されなくなるというわけです。

「精神分析を実際に受けるのはちょっとハードルが高いけれど、自分の心についてもっと知りたい」という方は、ぜひこの本を読んで自分を客観的に見ることから始めてみるといいかもしれませんね。

川野泰周(かわの・たいしゅう)
精神科・心療内科医/臨済宗建長寺派林香寺住職
精神保健指定医・日本精神神経学会認定精神科専門医・医師会認定産業医。
1980年横浜市生まれ。2005年慶應義塾大学医学部医学科卒業。臨床研修修了後、慶應義塾大学病院精神神経科、国立病院機構久里浜医療センターなどで精神科医として診療に従事。2011年より建長寺専門道場にて3年半にわたる禅修行。2014年末より横浜にある臨済宗建長寺派林香寺住職となる。現在寺務の傍ら都内及び横浜市内のクリニック等で精神科診療にあたっている。
うつ病、不安障害、PTSD、睡眠障害、依存症などに対し、薬物療法や従来の精神療法と並び、禅やマインドフルネスの実践による心理療法を積極的に導入している。またビジネスパーソン、医療従事者、学校教員、子育て世代、シニア世代などを対象に幅広く講演活動を行なっている。
主な著書に『会社では教えてもらえない 集中力がある人のストレス管理のキホン』(すばる舎)、『半分、減らす。「1/2の心がけ」で、人生はもっと良くなる』(三笠書房)、『精神科医がすすめる 疲れにくい生き方』(クロスメディア・パブリッシング)、『「精神科医の禅僧」が教える 心と身体の正しい休め方』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)などがある。