「私はなぜこんなに生きづらいんだろう」「なぜあの人はあんなことを言うのだろう」。自分と他人の心について知りたいと思うことはないだろうか。そんな人におすすめなのが、『こころの葛藤はすべて私の味方だ。』だ。著者の精神科医のチョン・ドオン氏は精神科、神経科、睡眠医学の専門医として各種メディアで韓国の名医に選ばれている。本書は「心の勉強をしたい人が最初に読むべき本」「カウンセリングや癒しの効果がある」「ネガティブな自分まで受け入れられるようになる」などの感想が多数寄せられている。本書の原著である『フロイトの椅子』は韓国の人気女性アイドルグループ・少女時代のソヒョン氏も愛読しているベストセラー。ソヒョン氏は「難しすぎないので、いつもそばに置いて読みながら心をコントロールしています」と推薦の言葉を寄せている。精神科医で禅僧の川野泰周氏も「著者のチョン・ドオンさんのような分析家の先生だったら、誰でも話を聞いてほしいだろうなと思います」と語る。読者に寄り添い、あたかも実際に精神分析を受けているかのように、自分の本心を探り、心の傷を癒すヒントをくれる1冊。今回は川野氏に本書のおすすめポイントを聞いた。
先が見えないときに、人は精神的に不安定になる
――『こころの葛藤はすべて私の味方だ。』についてどんな感想をお持ちになりましたか?
川野泰周(以下、川野):全部おもしろかったのですが、私がとくに好きなのはフロイトの言葉「神経症とは、曖昧なものに耐える能力がないことだ。」(280ページ)です。この言葉、すごくためになるんですよ。
――曖昧なものに耐える能力がないと精神的に追いつめられやすくなる、ということでしょうか。
川野:そうです。たとえば、第二次世界大戦中にナチスの収容所で過ごした人たちが、生きて帰ってくるためには、「ネガティブ・ケイパビリティ」が必要だったと言われています。
――「ネガティブ・ケイパビリティ」?
川野:はい。この「ネガティブ・ケイパビリティ」というのは、「何が起こるかわからないというような不確かさの中で、そこにただ、たたずんでいる力」のことですね。
不確かさと共にある能力のことを「ネガティブ・ケイバビリティ」といいます。不確かな状態に「耐える」というよりも、「そこに共存する」という感覚です。
――たしかに、先が見えなくなると、不安になります。いつまでこの状態が続くんだろうとか。
川野:そうなんですよ。刑務所の独房など、身体の自由を奪われた環境に置かれることで出現しやすい「拘禁反応」という現象も、この先どうなるかわからないから出る症状です。
――「拘禁反応」ですか。
川野:はい。拘禁反応にも様々な形態が知られていますが、典型的とされるのは「的外れ応答」といいます。
たとえば「1+1は?」ときかれて「3」と答えるなど、的外れで幼児的な反応を見せたりします。
その他にも、うつ状態、ヒステリー反応、妄想など、多彩な心理的異常反応を示すことが知られています。
とくに拘禁反応が出やすいのが、未決囚と言われています。
まだ自分の罪状が決まっておらず、どれほどの重さの刑罰が科されるかわからないという状況に置かれた人ほど、精神的に変調をきたしやすいそうです。
つまり自分の将来がどうなるのか分からないような状態で、「ただそこにいなさい」と言われると、人は精神のバランスを失いやすい。
冷静さを失って、場合によって錯乱状態をきたすこともあるということなんです。
自分を客観視できないと、ネガティブになりやすくなる
――そうなんですね! この先、どうなるかわからないというときは、本当に気分が滅入りそうです。
川野:そうですね。たとえば就職活動を長く続けていて、「ご活躍をお祈りしております」というお祈りメールばかりが届いたりする場合、その度に自分の先行きが不透明になったように感じて、苦しくなって当然だと思います。
人間は過去の体験を踏まえて、未来のストーリーを思い描くので、そのストーリーがどんどん1点のほう、「良くない結末」に収束していきがちです。
でも多面的、客観的に自分を見ることができる人はネガティブ・ケイパビリティが高い傾向があります。
「今自分は、過去に体験した記憶をもとに、ネガティブに未来を予測してしまっているな」と自分の思考を客観視することができるからです。
こうした客観視ができないと、自分の悪い思い込みの通りに物事が起こる、という確信をどんどん強めてしまうわけです。
そして自分自身の思考の罠から抜け出せなくなって、実際にその「良くない結末」につながるような行動を、無意識的に選択してしまうんです。
――たしかに自分で考えている、悪いほうのストーリー通りになってしまうことはあります。
川野:そうなんです。すると、どんどんネガティブな確信が強化されるようになります。「次も必ず失敗する!」と考えてしまうわけですね。