カスハラについて、「安全配慮義務違反の有無」が争点になって裁判で争われている事例もある。

 例えば、買い物客とトラブルになった小売店の従業員が、会社に対し、労働者の生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう必要な配慮を欠いたとして、損害賠償請求を求めている。

 また別の例では、公立小学校の教諭が児童の保護者から理不尽な言動を受けたことに対し、校長が事実関係を冷静に判断することなく、専らその場を穏便に収めるために安易に当該教諭に対して保護者に謝罪するよう求めたことに対して、裁判所は校長の行為を不法と判断し、小学校を設置する自治体が損害賠償責任を負うと判断してもいる。

 これらの裁判例からもわかる通り、しかるべきカスハラ対策を講じていなければ、企業(組織)として安全配慮義務違反が問われる可能性があることを、経営者や幹部は認識しなければならない。現場だけの問題ではなく、経営責任にも十分なり得るのだ。

クレームと不当要求・カスハラは別物

 特に経営幹部が正しく認識しておくべきなのは、「クレーム」と「不当要求」「カスハラ」は別物であるということだ。

 従来、クレームはお客様からのご指摘であり、企業としては真摯(しんし)に寄り添い、誠実に対応することで顧客満足度が向上し、収益向上につながるとされてきた。確かにその理論は正しい。問題は、収益向上につながるクレームと顧客の言いがかりでしかない不当要求を区別せずに、クレームでまとめてしまい、その対応を専ら現場従業員に押し付けてきたことだ。

 現に、「難クレーム」とか「悪質・難渋クレーム」といった言葉がよく使われているし、厚労省のマニュアルでも、正当なクレームと悪質なクレーム(=カスハラ)を整理している。

 とはいえ、何が正当なクレームで、どこからが「難クレーム」「悪質・難渋クレーム」なのか。言葉遣いの区別や基準が明確でないから、案件がこじれれば結果論的に「難クレーム」や「悪質・難渋クレーム」とされ、そうなると担当者(または上司)の評価や企業イメージにも影響する。だから、案件がこじれないように穏便に収めようとして、結果的に不当要求に応じ、カスハラに耐える悪循環に陥ってしまうのだ。