生活費や子どもの学費、住宅ローンなどのために、毎日遅くまで働き、ストレスを溜めつつ、「行きたくないな……」と思いながら会社に毎朝足を運ぶ。そのような日々に見切りをつけて、働かずに生きていく道を掴んだ人たちがいる。それが、今話題の「FIRE」を実現した人たちだ。「FIRE」とは、「Financial Independence, Retire Early」の略称であり、「経済的自立」と「早期リタイヤ」を意味している。『FIRE 最強の早期リタイア術』の著者であるクリスティー・シェンは、普通のサラリーマンから30代でFIREを成し遂げた。一体どうすれば、30代でFIREを実現できるのか。本記事では、本書をもとにその仕組みについて解説する。(構成:神代裕子)

FIRE 最強の早期リタイア術Photo: Adobe Stock

日本でも関心が高い「FIRE」

 近年、ビジネス系のWebサイトや書店で、「FIRE」という字を見ることが格段に増えた。

老後2000万円問題」が話題になったことや、投資ブームが訪れたことなどがその原因と言えるのかもしれない。

 人によって、FIREしたい理由はさまざまだ。

日々の生活費のために、これ以上時間を切り売りする生活は嫌だ」という人もいれば、「FIREできるだけの資産を手に入れて、自分の人生を自由に選べるようになりたい」という人もいるだろう。

 しかし、最大の問題は、「どうすれば経済的に自立し、早期にリタイアしても暮らしていけるだけの資産を手に入れるか」にある。

30代、サラリーマンでもFIREは可能

 実際、FIREを実現するのは簡単なことではない。相当な年収がもらえる仕事に就いているか、事業に成功しているなどでなければ難しいようにも感じる。

 しかし、カナダ在住のある女性は、ごく一般的なコンピュータ・エンジニアだったにもかかわらず、夫と共に30代でFIREを成し遂げた。

 本書の著者であるクリスティー・シェン、その人だ。

 彼女は、別に実家が裕福だったわけでもなく(むしろ、幼少期は私たちの想像を絶するほど貧乏だった)、急成長中のベンチャー企業の社長だったわけでもない。

 他のビジネスパーソンと同様に、毎朝会社に通って日々の業務を一生懸命こなしていた彼女が、30代という若さでFIREを実現できたのはなぜなのだろうか。

最も大切なものはお金ではなく自由

 クリスティーがFIREを考えたのは30歳の頃だ。6年勤めていた会社から、予算削減を理由に圧力をかけられるようになったからだという。

 少しでも「会社の役に立たない」と判断されると、首を切られるかもしれないという緊迫した状況の中、体調が悪いのに無理して働く人や抗うつ剤を飲みつつ出社する人、ついには会社のデスクで死にかける同僚が出てくる。

 その姿を見たクリスティーは、「お金は大事だが、命を賭けるほどの価値はない」と気が付くのだ。

 それまでは、時間を費やしてお金を得ることに一生懸命だった彼女だが、それを機に「お金で自分の時間を買い戻そう」と思い至る。

まさにそのとき、私は自分を救うことになる考え方を発見しました。それこそフリーダムマインドです。フリーダムマインドはお金ではなく、自由こそが最も重要だという考え方です。生活のニーズが満たされた後は、お金をためこむのではなく、自分の時間を取り戻すことが重要なのです。自分のお金を銀行口座に寝かせておいたり、巨額の住宅ローンに使うのではなく、お金を継続的に生み出すようなやり方で投資したらどうなるでしょう? 元本を毀損することなく、投資から「収入」を得ることができたら? さらにその投資からの収入が、あなたの生活費を十分に賄えたら? あなたは二度と働く必要がありません。(P.164)

 彼女は、時間を提供する引き換えにお金を得ていた生活から、お金で自由な時間を手に入れる生活を目指すことにしたのだ。

FIREの鍵は「4パーセントルール」にあり

 とはいえ、どうすれば仕事から解放され、自由に生きていくことができるのだろうか。

 FIREを本格的に考え始めたクリスティーは、ある法則に辿り着く。それを彼女は「4パーセントルール」と呼ぶ。

 この法則は、退職プランと経済理論を研究したトリニティ大学における論文が基になっているという。そこから見えてきた内容は次の通りだ。

著者は記録が残っている株式市場と債券市場の価格データを用いて、あるシミュレーションを行いました。一定額の貯金を持っている退職者がポートフォリオから毎年、一定割合の金額を引き出しつつ、残りの資金をそのまま投資しておいた場合、ポートフォリがどうなるかを調べたのです。(中略)何時間も計算機と格闘して(もしくは、貧しい大学院生に作業をやらせて)、研究者たちはその答え、95パーセントの成功率を誇る引き出し率を割り出しました。つまり、100人の退職者のうち、95人が一文なしになることなく、老後を最後まで全うできる引き出し率です。(P.166-167)

 この引き出し率にたどり着いた彼女は、次のように考えた。

つまり、ポートフォリオの4パーセントの資金で1年間の生活費を賄えれば、貯蓄が30年以上持続する可能性が95パーセントだということです! (中略)早期リタイヤして、嫌いな仕事から永遠におさらばするために必要な金額を計算するには、単純に年間の生活費に25をかければいいのです。それで目標とすべきポートフォリオの規模がわかるのです(年間生活費を4パーセントで割るという計算は、25をかけるという計算と同じです)。(P.168)

「夫婦で年間4万ドルの生活費が必要だ」と算出した彼女は、それに25を掛けて「100万ドルあれば、働かなくても生きていける」と弾き出したのだ。

注目すべきは、年収ではなく貯蓄率

 必要な年間の生活費に25を掛けた額を貯めて、それを堅実な投資にまわし、その利益を生活費に当てれば一生働かなくていい。

 これは「FIRE」という漠然とした夢を現実的な数値として表したものだが、「そんな額を貯めるのに、一体何年かかるんだろう……」と、気が遠くなる人も多いはずだ。

 しかし、クリスティーは「リタイアまでに必要な期間は、あなたの年収ではなく貯蓄率に左右される」と主張する。

年収100万ドルでも年に100万ドル使えば、あなたは決してリタイアすることはできません。生活費の100パーセントを仕事に頼っているからです。(中略)一方、年収4万ドルでも年に3万ドルしか使わなければ、あなたはゲームに先行できます。年収だけ立派なミリオネアの貯蓄率はゼロですが、そこそこの収入の人の貯蓄率は25パーセントになるというわけです。(P.170)

 当たり前のことだが、「貯蓄率」が高い人ほど早くお金は貯まる。

 生活費を下げ、投資金額を増やすことで貯蓄率を上げ、それを適切に運用することで、リタイアに必要な額を貯めるまでに必要な期間を変化させることができるのだ。

「年間生活費×25」でFIREに必要な額を算出

 実際、クリスティーは、幼い頃の貧乏生活の影響で、贅沢なものも持たず、小さな部屋に住み、貯蓄に熱心だったと語る。

 その貯蓄率は、なんと52~78パーセントに達していたというから驚きだ。

初年度が12万5000ドルだった税引き後年収から、たったの6年で50万ドル貯めたのです。幸いなことに、そのお金を住宅に投資していませんでした。(P.173-174)

 慎ましい生活と驚きの貯蓄率で、彼女は30代にしてFIREの道を掴んだのだ。

 もちろん、「その貯蓄をどのように増やしていくのか」「何かトラブルがあったとしても、本当に働かずに乗り越えていけるのか」といった問題はあるが、それらの詳しい方法と対策は本書に譲ろう。

 それらの問題に対する備えも万全に、著者の二人は、フリーダムマインドに従って30代にしてFIREを実現した。

 もし、あなたがFIREを夢見るなら、ぜひ一度、年間の生活費に25を掛けてみてほしい。

 もしかしたら、定年まで働かなくても早期リタイアする道が見えてくるかもしれない。