仕事に必要なスキルやノウハウはあるのに、なかなか結果を出せない。
真面目にコツコツ成果を上げても、望んでいるような評価を得られない。会社のなかでは、多くの人がこのような悩みを抱えている。このような問題を解決する上で欠かすことができないのは、組織で働くうえで避けることのできない「人間心理」と「組織力学」に対する深い洞察力。そう話すのは、4000人超の現場リーダーをサポートしてきたコンサルタントの石川明さんだ。
石川さんの新刊『Deep Skill ディープ・スキル』では、
「上司とは“はしご”を外す存在である」
「部署間対立は避けられない」
「権力がなければ変革はできない」
といった身も蓋もない「組織の現実」を深く洞察しつつ、
人と組織を巧みに動かす「ヒューマン・スキル」=「ディープ・スキル」について解説。
「正論を主張しても誰も動いてくれないのはそういうことだったのか」
「人一倍頑張っている自分より他の人が評価される理由がわかった」
という感想が多く寄せられるベストセラーとなっている。
そこで今回、優れたリーダーは会議や打ち合わせにおいて、お互いの頭の中を的確に言語化し、モヤモヤが残らないようにする「深いスキル」をもっている。「図」を活用するその「最強スキル」について、石川さんに語ってもらった。(取材・構成/樺山美夏、撮影/榊智朗)
言語化しなければ人も組織も動かせない
――人と組織を動かすためには「言語化力」が欠かせないと、石川さんの新刊『ディープ・スキル』を読んでよくわかりました。ビジネスの現場に「以心伝心」はないんですね。
石川明さん(以下、石川) 長く続けている既存事業の通常業務であれば「以心伝心」もあり得るのかもしれませんが、こと新規事業や新しい業務改革といった取り組みでは、そうはいきませんね。
特に、経営陣や現場マネージャーが部下に何か新しいことを考えてもらいたいならば、何をどんな風に考えてもらいたいのか、具体化して明確に伝えなければ、現場は戸惑うだけで動きようがありません。
にもかかわらず、曖昧な指示を出すリーダーがあまりにも多いんですね。たとえば、経営陣が新規事業を推進する話をするとき、「次世代に向けたビジネスを」「従来の枠組みにとらわれず自由な発想で」「我が社の柱となる事業の創出を」といった漠然とした言葉を使いがちです。
ところが、検討や起案を求められる社員の立場に立つと、「次世代に向けたビジネスを」と言うから、新しい技術を使った事業を提案したのに「そんな技術は我が社にはない」と言われてしまう。
あるいは、「自由な発想で」と言うから、既存事業の枠組みを越えて全く新しいカテゴリーの事業を提案したのに「なぜ我が社がこんな事業をする必要があるのか」と問われる。
さらに、「次世代の柱となるような」と言うから、大きな枠組みの構想と共に先行投資型の事業を提案したのに「リスクが大きい。そんな大型投資はできない」と言われる。
これでは、「じゃあ、どんな提案をしろって言うんだよ!」ってことになるのも当然でしょう。いくら耳障りの良い言葉を言われても、それだけでは具体的な案は考えられません。それどころか、不要な軋轢を生み出すだけなのです。
――いかにもよくありそうな話です。でも、曖昧な指示が多い上司の言語化力を、自分で高めてもらうのは難しそうですね。
石川 そうです。だから、「上司たるもの、高度な言語化力をもつべき」なんて正論・理想論をいくら述べ立てても、何の役にも立ちません。「上司にも言語化できないことがある」という前提に立って、上司をサポートするスタンスに立つことこそが、ディープ・スキルの出発点なのです。
私のコンサルタント業務の中で重要な仕事のひとつが、まさにこれです。どんなに曖昧な指示をした上司であっても、頭の中にはぼんやりとしたイメージはあります。だから、会話を通して、そのイメージに輪郭を与える必要があるのです。
そこで有効なのが、本書にも書いた、ゴルフ用語の「フェアウエイ」と「OBゾーン」の喩えです。上司がイメージする「企画のGOODゾーン」が「フェアウェイ」、「NGゾーン」が「OBゾーン」。会話を通して、上司の思い描く「フェアウェイ」と「OBゾーン」を明確にしていくわけです。
例えば、「従来の枠組みにとらわれず自由な発想で新規事業を考えよ」などと指示した上司に対して、「では、例えば◯◯といった事業はどうでしょう?」などと具体的な質問をすれば、「いや、そういうのではなくて、我が社の既存の市場で全く新しいサービスを考えたいんだ」などと返ってくるかもしれません。これだけでも、少し「フェアウェイ」は見えてきます。
あるいは、「では、○○といった事業は?」と聞けば、「いや、それでは我が社が蓄積してきた知見やブランドを活かせないだろう?」などと返ってくるかもしれません。であれば、「我が社の知見やブランドを活かせないビジネス」は「OBゾーン」だとわかります。
このような会話を積み重ねることによって、徐々に上司の頭の中にぼんやりとあるイメージを可視化・言語化することができるわけです。