舞台設定は製菓会社。他部署との会議が終わったあとの雑談で、ふと相手が「不」を漏らしたときのことをイメージしながら読んでください。
相手「実はさぁ、新製品のスナック菓子の販売がイマイチなんだよね」
自分「そうなの? どんな商品だっけ?」
相手「最大の需要層であるファミリー世帯向けに、『ちょっと贅沢』というコンセプトで売り出した高級菓子なんだけど、大手スーパーでの反応が悪いんだ。狙いは悪くないはずなんだけど、価格がさすがにちょっと高すぎると思うんだ。個人的には、値下げすべきじゃないかと思っているんだけどね……」
自分「全然売れていないの?」
相手「いや、意外にコンビニでは売れているみたいなんだ」
自分「へぇ。コンビニではどんな層に売れているの?」
相手「詳しいことは、まだよくわからないんだけど、週末によく売れているみたいだよ。特に、金曜日の夜に売れているみたいなこと言っていたな」
自分「面白いね。どうして、金曜日の夜に売れるんだろう?」
相手「どうなんだろう……。”一週間、お疲れさま”ってことで、晩酌するサラリーマンがツマミとして買ってるとか?」
自分「それ、お前のことだろ?(笑)。でも、それあるかもよ? 俺も独身だった頃は、コンビニで酒のツマミをよく買ったもんな」
相手「だよな……。そのあたり、POSデータをもうちょっと見てみる必要があるな」
自分「高級化路線は我が社の積年の課題だし、何かヒントが見えるといいね」
相手「そうね。もしも、単身のサラリーマンが晩酌のお供で買ってるとしたら、大手スーパーの菓子コーナーじゃなくて、酒類コーナーに置けばいいかもしれないしな。よし、値下げの提案をする前に、もうちょっと考えてみるわ」
ここでは、「高級スナック菓子の販売不振」という「不」からスタートして、「壁打ち」を重ねることで、もともと主要顧客に設定していた「ファミリー世帯」ではなく、「単身のサラリーマン」が購買層という可能性があることに相手は気づきました。このように一直線に「壁打ち」が進むことは稀ですが、「質問」を軸に相手と会話を重ねることで、相手の「思考」を深めていく手伝いをするわけです。
重要なのは、このとき相手は自分の力で「気づき」を得ているということ。「壁打ち」のスタンスを保持することによって、「親切の押し売り」にも陥らず、相手の自尊心を傷つけることもなく、相手が苦境から抜け出るきっかけを与えることができるわけです。これこそが、「他者貢献」をするときに必要な、コミュニケーションの基本スタンスだと思うのです。
「論理的に聞く」というディープ・スキル
とはいえ、「壁打ち」相手として熟練するのは簡単ではありません。
自分の「思考」を深めることすら難しいのですから、相手の「思考」を深める手伝いをするのが簡単なわけがありません。「相手の役に立ちたい」という思いを胸に、場数を踏むことで腕を磨いていくしかありません。ただ、「壁打ち」相手として、最低限身につけておきたい技術があるので、ここではそれをお伝えしておきましょう。
それは、「論理的に聞く」という技術です。
相手は「不」を抱えているけれども、いまだ「解決策」を見つけられていないわけですから、当然、「何が問題なのか」を理路整然と説明することはできません。だから、あなた自身が「相手が抱えている問題が何か?」を把握するためには、相手の話を「論理的」に整理していく必要があります。そして、そうすることによって、相手の「思考」も自然に整理されていくのです。そのメカニズムを説明していきましょう。
まず、「論理的に聞く」ために大切なのは、「何が事実か?」を確認することです。
そのためには、「5W2H」を確認するのが基本。先ほどの「壁打ち」でも、私は、「どんな商品か?(What)」「どのくらい売れてないのか?(How)」「どんな層が買っているか?(Who)」「なぜ、金曜日の夜に売れるのか?(Why)」などの質問しかしていません。
しかし、こうして「何が事実か?」を明確にすることが大切です。なぜなら、自分の「考え」をはっきりさせるためには、「事実+仮説=意見」という3つの要素を明確にする必要があるからです。この3つの要素が頭の中でごちゃごちゃになっているからこそ、人は悩むのです。
「事実」を確認するだけで、
自然と「問題」は解決する
先ほどのケースで言えば、「大手スーパーでは売れていないが、コンビニでは売れている」「週末(特に金曜日の夜)に売れている」というのが「事実」で、「主な購買層はファミリー世帯層」「価格が高すぎるから、売れていない」というのは「仮説」です。そして、「値引きしたほうがよい」というのは相手の「意見」ということになります。
しかし、相手自身が、「値引きしたほうがよい」という「意見」に納得しきれていないのは、「個人的には、値下げすべきじゃないかと思ってるんだけどね……」という曖昧な口ぶりからも明らかです。なぜ、納得できないかと言えば、確認できていない「事実」があることを、うすうす感じ取っているからです。
そこで、効果的だったのが、「コンビニではどんな層に売れているの?」という「Who」を尋ねる質問でした。
というのは、相手は、この質問に対して明確に答えることができず、「詳しいことは、まだよくわからないんだけど、週末によく売れているみたいだよ。特に、金曜日の夜に売れているみたいなこと言っていたな」と、質問趣旨からズレた回答をしたからです。つまり、彼は「誰が買っているのか?」という重要な「事実」をちゃんと把握していなかったことがわかったのです。
しかも、この質疑から派生して、「”一週間、お疲れさま”ってことで、晩酌するサラリーマンがツマミとして買っているのかも」という仮説が生まれ、「大手スーパーの菓子コーナーじゃなくて、酒類コーナーに置けばいいかもしれない」といった新しい「意見」が生まれてくるわけです。
ということは、彼が次にやるべきアクションもはっきりします。
まず、コンビニのPOSデータで「購買層」を分析すること。その結果、「単身のサラリーマンが購入していること」が「事実」と確定できたら、もともとあった「主な購買層はファミリー世帯層」「価格が高すぎるから、売れていない」という「仮説」が否定されるとともに、「値引きしたほうがよい」という「意見」も変えることになるでしょう。
そして、「単身のサラリーマン層が主要顧客」という新たな「仮説」が立つとともに、「大手スーパーの酒類コーナーに置く」という「意見」に基づいた具体的なアクションを起こすことができるわけです。
社内に「味方」を増やす最良の方法
この間、私はただの一言もアドバイスなどしていません。
ただ、相手が「何に悩んでいるか?」を理解するために、「5W2H」を確認しながら、「何が事実」かを明確にしようとしただけです。しかし、その結果、相手の頭の中で、自然と「事実+仮説=意見」が整理され、自らの力で「気づき」や「解決策」にたどりり着いたのです。
そして、こういう体験をしてくれた相手は、「石川と話をすると、なぜか頭がすっきりする」「石川と話をすると楽しい」という印象をもってくれます。そのとき、きわめて自然な形で「協力関係」が生まれるのです。これこそ、「論理的に聞く」というディープ・スキルの真髄なのです。
重要なのは、相手が困っているときに、「私が助けてあげよう」などと、「自分」を主語にして考えてはならない、ということです。
問題解決をする「主役」は、あくまでも相手です。その「主役」が自分の力で「解決策」にたどり着けるように、さりげないサポートに徹することこそが、上手に「他者貢献」をして、社内に「味方」を増やす最良の方法なのです。
(本記事は『Deep Skill ディープ・スキル』(石川明・著)から抜粋・編集したものです)