近年、「頭の回転の速さの象徴」としてお笑い芸人が多くの場面で活躍をしている。そんなあらゆるジャンルで活躍をし続けるお笑い芸人たちをこれまで30年間指導し続けてきた伝説のお笑い講師・本多正識氏による1秒で答えをつくる力 お笑い芸人が学ぶ「切り返し」のプロになる48の技術』が2022年12月に発刊された。ナインティナインや中川家、キングコング、かまいたちなど今をときめく芸人たちがその門を叩いてきた「NSC(吉本総合芸能学院)」で本多氏が教えてきた内容をビジネスパーソン向けにアレンジした本書は西野亮廣氏、濱家隆一氏(かまいたち)、山内健司氏(かまいたち)などからも絶賛されている。本記事では、『1秒で答えをつくる力 お笑い芸人が学ぶ「切り返し」のプロになる48の技術』より、本文の一部を抜粋・再編集しお届けする。

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経験が足枷になることもある

 NSC(お笑い養成所)の最初の授業で話す内容のひとつをここで紹介します。「頭を空にする」ために意識してアホになりなさいという話です。

 アップルの共同創業者のスティーブ・ジョブズ氏は数多くの名言を残しています。なかでも私の好きな名言は「Stay hungry, Stay foolish」です。どのように捉えるかは人それぞれでしょうが、私には「いつも貪欲で、上には上がいる、自分が正しいと思うな」と読めました。成功してもさらに高みを目指そうとする彼の情熱が強く感じられる言葉です。

 ですが、常に貪欲であるというのは意外と難しいものです。慣れてくると人はうぬぼれる生き物ですし、それは自然なことだと思います。しかし、それをそのまま放っておくと人の成長は停滞、もしかしたら後退するかもしれません。

 私のいるお笑いの世界でも、ガツガツ頑張る若手芸人と劇場で人気が出てきた中堅芸人だと後者の方が停滞する可能性が高いように感じます。なぜなら、こうすれば舞台でウケが取れると経験をもとに決めつけてしまうからです。

 やがて、それは舞台に立つ前の先入観になってしまい、成長を妨げるものになってしまいます。お客さんの変化に気づけずチャンスをものにできなかったお笑い芸人は何人もいます。こういった状態に陥ってしまうタイプは合理的に物事を考えることができる人たちです。だからこそ、パターンを掴むのも早く、それを繰り返すのが近道であると瞬時に判断するのでしょう。

 ですが、成功パターンを見つけること以上に「変化に敏感である、次の成功やステップアップを目指す」のは大切です。

 そこで、私がNSCの生徒に教えていることが、「固定観念を捨てなさい」、言うなればアホになってみなさいということです。見たものをそのまま解釈するのではなく、あえてアホになることで、新しい発見を見つけることが狙いです。言い換えると「アホ思考」でしょうか。

 たとえば、ひとつのハサミがあるとします。普通だったら「ハサミ=いろいろなものを切れる道具」で終わりです。それ以上でも以下でもありません。

 では、あえてアホになってハサミを見てみましょう。すると「なにこれ?」「変な形」「こんなもので、なんか切れんの?」と少しずつ疑問が湧いてきます。「だからなに?」と思うかもしれませんが、実はこのなかに固定観念から脱するヒントがあります。

「こんなものでなんか切れんの?」というアホな疑問に注目してみましょう。私たちは、ハサミは何かを切るものと認識しています。ですから、切れ味は良ければ良いほどいい。そう考えて疑いません。

 ですが、アホになって「こんなものでなんか切れんの?」と思った通り、なにも切れないハサミがあってもいいかもしれません。

 たとえば、子どもの練習用のハサミなのであれば、切れ味は悪い方が怪我の心配がありません。子どもが真似したいだけならなまくらだっていいわけです。視点を変えることができればアホの疑問が別の正解を導き出してくれることがあります。このように「ハサミ=切れる」という常識がときに私たちの思考を停止させてしまうことがあるわけです。

 お笑い芸人だったら「切れないハサミ」というアイデアが出ただけでネタをつくれるのではと考えはじめると思います。お笑いのネタはこうした常識を見つめ直すところから生まれることが多く、固定観念に縛られているといつまで経ってもおもいネタはつくれません。大事なことは、思い込みを捨てて、常に「どうして?」「なんで?」と疑問を持ち続ける頭を持つことです。

 これはきっとビジネスでも同じでしょう。新しいことに挑戦するとき、経験が役に立たないことはよくあります。ですが、そのときに勇気を持ってフラットに考えることができるかが大きな鍵になるかと思います。

 もちろんこれまで積み上げてきたものを手放すのはこわいですが、ひとつの経験を手放したからといってキャリアそのものが否定されるわけではありません。

 固定観念を捨てて、あえてアホになって考えてみるとこれまでアイデアのために頭を抱えていた時間ももっと楽になるでしょう。ぜひ挑戦してみてください。