「人の目を気にせず自分らしく生きたいのに、『認められたい』という気持ちを捨てられない」と葛藤し続け、「承認欲求」から解放される方法を研究し続けてきた──そう語るのは、エッセイ『私の居場所が見つからない。』の著者・川代紗生氏だ。8年かけて綴ってきた彼女のブログは、同じ生きづらさを抱える読者から大きな反響を呼び、10万PV超えのバズを連発。その葛藤の記録をまとめた本書は、「一番言ってほしかったことがたくさん書かれていた」「赤裸々な感情に揺さぶられ、思わず泣いてしまった」など、共感の声が寄せられている。
そんな「生きづらさをエネルギーに変えるためのヒント」が詰まった1冊。今回は、疲れた心に寄り添う本書の発売を記念し、未収録エッセイの一部を抜粋・編集して紹介する。

「実力以上に評価される人」は「実力以下に評価される人」よりずっと不幸だPhoto: Adobe Stock

「実力以上」に評価される危うさ

 自分の実力をまっとうに評価してもらえるのは、なんて素晴らしいことだろう。

 ちょっと前までは「実力が正当に評価されていない」「私の方ががんばってるのに他の人が評価されるなんて」と、社会のすべてが理不尽に思えていた。

 でも今は、実力以上に評価されてしまうことや、自分の実力を過信することのほうがよっぽど不幸だと思うようになった。

 もちろん実力の測り方なんて環境や時代によって変わる。

 本当に「正当な」評価なんて存在しないのかもしれない。

 それでも、自分の力で手に入れていないものは、ふとした瞬間にするりと手のひらから抜け落ちていくものだと私は思うのだ。

「負けた誰か」になり続けた経験があるか?

 一時期、私の父がやけに「調子に乗るな」と言ってきたことがあった。まだ実家にいた頃の話なので相当前だが、よく覚えている。

 きっと私が何かで調子に乗っていて、父は危うさを感じ取ったのだろう。

「自分が勝つということは、必ずどこかに負けた誰かがいるということだ」

 父は繰り返しそう言っていた。

 当時は「なにいってんのこのオッサン」状態で話半分でしか聞いていなかったが、今はこの言葉がじくじくと沁みる。

「勝った自分」も「負けた誰か」も、きっと父のことだったのだろう。

 実力以上に評価されて勝ち、調子に乗ったことがあったのだろう。

 そして、思っていたほど自分はたいした人間ではなかったと知り、深く絶望したことがあったのだろう。

 私は父に性格が似ているところがあるから、なんとなく想像がつく。

 そして父に忠告されていたにもかかわらず、私も同じ経験をした。

 私の父は、とても優しい人だ。

 トゲのある時期もたしかにあったが、基本的には繊細で人の心に敏感だ。

 すぐに先回りして人が喜ぶようなことをしたがる人だ。

 なぜそこまでするのか、いや、するようになったのか。

 これは私の予想でしかないが、「負けた誰か」になった経験が、なり続けた経験が、父をそうさせているのだと思う。

 そんな父を見ていると、私も「負けた誰か」になったことがあったけれど、それは絶対に正しい経験だったと思うのだ。あるべき経験だったと思うのだ。

 もちろん、目標達成のためにがんばらなくてもいいとか、勝ちにこだわらなくてもいいとか、そういう話ではない。

 仕事をする以上結果を出すことが大前提だし、夢を叶えることは私たちに大きな喜びをもたらしてくれる。

 でも私はこれまでの人生で、必要以上に勝とうとしてしまっていたような気がする。自分の持っているうつわに入りきらないほど多くの「勝ち」を求めていたように思うのだ。

 自分が正当に受け取るべきものよりずっとたくさんのものがほしくて、そうじゃないと幸せじゃないような気がした。自分のうつわを大きくする努力より先に、自分よりもたくさんの「勝ち」を手にしている人の足を引っ張ろうとした。

 本来受け取るべきだった人から無理やり奪って得た「勝ち」は、本当に「勝ち」なのか。その「勝ち」でパンパンになったうつわを抱えてにんまりと笑う私の顔は、はたして美しい顔だと言えるのだろうか。幸福な顔だと言えるのだろうか。

自分が勝ったら勝ったぶんだけ

 自分が勝ったら勝ったぶんだけ、誰かのために生きる。

 何かを得たら得たぶんだけ、社会に還元する。

 父の態度からは、いつもそんな意思を感じる。

 もちろん人間、完璧ではないからいつ何時もそうするのは難しいだろう。

 けれどもきっと、心から「そうしたい」と思うこと自体が大切であり、「そうしたい」と思えるようになった私のことを、私は、歓迎したいと思う。

「実力以上に評価される人」は「実力以下に評価される人」よりずっと不幸だ川代紗生(かわしろ・さき)
1992年、東京都生まれ。早稲田大学国際教養学部卒。2014年からWEB天狼院書店で書き始めたブログ「川代ノート」が人気を得る。「福岡天狼院」店長時代にレシピを考案したカフェメニュー「元彼が好きだったバターチキンカレー」がヒットし、天狼院書店の看板メニューに。メニュー告知用に書いた記事がバズを起こし、2021年2月、テレビ朝日系『激レアさんを連れてきた。』に取り上げられた。現在はフリーランスライターとしても活動中。 『私の居場所が見つからない。』(ダイヤモンド社)がデビュー作。