経営陣の意識改革を
マカフィーではどう実現したか
DXを通じて大きな成功を収めた一つ目の事例として、米ソフトウエア大手のマカフィー(McAfee)をクローズアップしよう。IT創成期から約30年間、サイバーセキュリティーソフトウエアの大手として、全世界に数億人のユーザーを築いてきた超大手テック企業である。
そのマカフィーも実は数年前まで、日々進化する顧客のニーズについていくことに苦慮し、顧客獲得が頭打ちとなり、もがいていた。こうした状況を打破すべく、同社はコンシューマー事業における顧客体験のトランスフォーメーションに乗り出した。
まず着手したのは、毎年数千万台販売される新しいPCにプレインストールされている30日間無料のトライアル版サービスおよび、そこでのマーケティング手法の見直しである。
マカフィーは当時、トライアル版から有償版への加入を誘導すべく、サービス上でさまざまなマーケティングキャンペーンを実施していた。そして、こうしたキャンペーンの設計や実施の意思決定は、長年の経験やリーダーの勘に基づいて行っていた。
ここに、データと機械学習に基づくアプローチを導入することで、大きな改善ができると考えたのだ。
本プロジェクトのために、クロスファンクショナルチーム(さまざまな部門をまたいで構成されたチーム)が組成された。
チームは、当サービスの利用から有償版へのアクティベーションに至るまでのユーザーエクスペリエンスについて、収集・蓄積したビッグデータを分析した。そして、ソフトウエア上での各種マーケティングコンテンツが、どういった顧客属性や顧客行動にどのような影響を与えているかを、科学的に解明した。
顧客調査や分析を通じて分かったことは、他者のレビューやレコメンデーションに影響を受ける顧客、価格に左右される顧客、トライアル版の最初の製品体験に影響を受ける顧客など、多種多様な顧客それぞれによって購買行動は大きく異なるということであった。
そこで、従来の経験則やイメージで設計していたサービスやキャンペーンを改めて、データ分析や顧客調査結果からの洞察に基づいて、無償トライアル版のサービス内容やユーザー体験の再設計に着手した。
多くのプロトタイプの作成、ターゲットを絞った市場展開、顧客行動の反応を見ての効果測定、仮説の検証、軌道修正、というサイクルを、高速で回し続けた。結果、3年間で顧客獲得は3倍に増加し、顧客の解約率の大幅低減、年率2桁成長を実現した。
こうした成功は、販売チャネルとチームをつなぐ革新的なデジタルツールやビッグデータの分析手法、市場テストのプロセスに支えられた。
最大のポイントとなったのは、経営陣から現場にいたるまでの意思決定の質とスピード面での変革である。いくらデータがリアルタイムで取れ、そこからのフィードバックを即時サービスに反映できる技術があったとしても、一つ一つの意思決定に時間を要していれば意味がない。
変革当初、これまでのやり方に慣れ親しんだ経営陣が一つの抵抗勢力となった。彼らの意識改革をどのように迫れるかが、成功に向けての重要な論点であった。
マカフィーでは従来、一つのマーケティングキャンペーンの設計と実施に3カ月間を要して検討を重ねていた。最初に、これを1カ月で実施できないか、チャレンジした。それを果たすと、1週間、1日へと、サイクルをどんどんと速めていった。
PDCAサイクルの劇的なスピードアップを実現すべく、経営会議ではマーケティングキャンペーンの最新の結果をダッシュボードで可視化した。これにより、リアルタイムでそれぞれの施策の効果をモニタリングできるようになって、データに基づき迅速に意思決定を行うことが可能になった。
PDCAを高速で繰り返すことで、当初は懐疑的であった経営陣も、徐々に新たなやり方やスピード感に慣れていった。意思決定のスピードの向上に合わせて、それに対応するために現場を取り仕切るプロジェクトリーダーたちへの権限移譲が進んだ。すると、現場の士気が上がり、新たなアイデアがどんどん表に出てくるようになった。
マカフィーの変革は、顧客獲得に向けた一時的なものにとどまらなかった。既存顧客の解約防止や顧客体験の更なる向上に向けて、ダークウェブモニタリング機能の追加やワンクリックでのテクニカルサービスへの接続など、ユーザーからのフィードバックに基づいて、今日も日々サービスを進化させている。
DXを通じて根付いた新しい企業文化が、継続的な革新を後押ししているのだ。
マカフィーにおけるDXは、デジタル化が進み、経営陣の流動性が高い米国だからこその成功事例であり、日本企業の参考にならないのではないか、と懐疑する読者がいるかもしれない。
しかし、必ずしもそうではないことを、二つ目の事例で示したい。