獲りたくないのにマグロが獲れる
漁師を悩ませる“放流”の裏側
決められた漁獲枠を守るため、釣りやはえ縄漁業、定置網は獲れたマグロを生きているうちに海に戻す“放流”をするよう水産庁から指導されている。そして、推定値ながら年間3000トン規模で定置網にかかったマグロを放流する漁協もある。
それほどの量のマグロを放流するのだから、漁業経営にとっては大打撃だ。クロマグロの資源は急速に回復する兆しを見せていて、漁師たちは獲りたくなくても獲れてしまう状況になっている。そのため、定置網に限らず、釣り、はえ縄の漁業者は手間のかかる放流に頭を悩ませている。
「放流するくらいなら売りませんか」
そういいながら漁業者に接近する仲買人は全国各地にいて、漁獲枠外のクロマグロは町中にあふれかえっているとみておいた方がいい。
筆者が調査したところ、2019年から2021年の3年間で、大間の漁業者が獲ったクロマグロが「ぶり」「その他鮮魚」として静岡市中央卸売市場に出荷されていた。商品名を偽った出荷量は合計120トンに上った。
そのうち青森県は2021年分として約60トンの漁獲未報告を確認し、漁業法違反として行政処分することを検討中だが、2020年以前の調査は手付かずのままだ。
国から青森県分として割り振られた枠の返還を迫られる問題もあって、青森県が実態解明を躊躇している様子もうかがえる。
大間の漁業者の間では「漁獲報告しないのはそもそも沿岸の漁師向けの枠が小さすぎるからだ」という半ば開き直りのような声も出ている。
実際のところ、房総半島でも三陸地方でも獲ろうと思わないのにクロマグロが獲れて、扱いに困っているという漁業者は多い。
しかし、正確な漁獲量を報告すれば、同じ地域の漁業者にしわ寄せが行き、争いが起きる。
こうした状況を見るとき、水産行政はまるで古代ローマ時代に源流があるとされる分断統治(分割統治)を思わせる。
近海はえ縄の2団体も「まき網漁業の枠が優遇されすぎている」という共通認識を持っている。「かつお・まぐろ漁業」の枠さえ大きくなれば対立は解消するが、いつも水産庁が間に入っていて2団体が直接対話をしたことはないようだ。
天下りをトップとして迎え入れている大中型まき網漁船の業界を水産庁の植民地とするなら、近海はえ縄も知事管理の沿岸漁業も互いに分断され、対立したり、競わされたりする少数民族といったところか。
そこにやってきたファーストペンギンならぬ金色の虎(キントラ船団=全マ協)がややこしい分断社会に風穴を開けるのか、それとも尻尾をまいて退散するのか。行政訴訟の行方とともに注目しておきたい。