世界は「新冷戦」へと突入
核兵器の使用に踏み切る可能性は?

ダイアモンド ウクライナが、ロシアとEU、つまり西側諸国との間に位置する大きな国で、かつ戦略的に大きな意味を持つ国だからだ。ユーラシアと欧州の懸け橋となる重要な国は2つ。ウクライナと(黒海を隔ててウクライナの南方に位置する)トルコだが、トルコがロシアの属国になるリスクがあるとは思わない。

 一方、ウクライナは、同書執筆当時、ロシアがすでにクリミアを併合しており、それ以前にも、ロシアはウクライナに再三、政治介入していた。2010年には、ウクライナに親ロ派ヤヌコビッチ政権(注:ロシアのクリミア併合に有利な状況をつくったとされる)が誕生している。

 その後、ウクライナでは民主主義が機能しており、汚職対策も進んでいる。同国はゼレンスキー大統領という改革者の下で西側への統合を目指し、法の支配や自由民主主義体制の実現に向けて前進している。腐敗した国のほうがコントロールしやすいため、ウクライナがこのまま自由な民主主義国家になれば、ロシアによる政治介入やコントロールの余地が少なくなる。プーチン大統領には耐えがたいことだ。

 彼が、ウクライナのNATO加盟を差し迫った問題だと考えていたとは思わない。それよりも、ウクライナが永遠にロシア政府の属国でなくなり、汚職も減って、強固な法の支配の下で、より自由民主主義的な国家として成功することを危険視したのだ。

 とはいえ、ロシアにもウクライナと同じチャンスがあった。安定した自由民主主義国家へと変貌し、NATOに加盟するという選択肢もあった。現在のロシアと西側諸国との「新冷戦」は、プーチン大統領の攻撃性とウクライナ侵攻、そして、視野の狭さが招いたものだ。

――教授は著書の中で、民主主義にとって「新冷戦」は望ましくないといった趣旨の指摘をしています(下巻第9章「独裁者の挑戦に対応する」)。しかし、世界はもう「新冷戦」に突入していますよね?

ダイアモンド 多くの点で、もう「新冷戦」が始まっていると考えていい。相手はロシアだけでない。中国もそうだ。「新冷戦」という言葉は使いたくないが、西側諸国はイデオロギーや規範をめぐり、民主主義ではなく独裁政治を広めようとする世界でもっともパワフルな2つの国との戦いのさなかにいる。イデオロギーだけでなく、地政学的な闘争も多くの場所で起こっている。

 残念なことに、新冷戦は、かつての冷戦をほうふつさせるような、すさまじい様相を呈している。

――プーチン大統領が大規模な経済制裁で追い詰められることで、核兵器の使用に踏み切る可能性は?

ダイアモンド 経済制裁が核兵器の使用を招くとは思えない。

 経済制裁以外にどんな選択肢があるというのか。ロシアと直接戦火を交えるより、はるかにましだ。私たちは、第2次世界大戦後に築いた世界――主権や人権の尊重、国境不可侵――の中で生きている。ロシアによってそうした世界が侵害されているのを目の当たりにしながら、ただ手をこまねているわけにはいかない。

 ロシアのウクライナ侵攻を看過すれば、他の独裁国家が、さらに憤激に満ちた武力行使を行いかねない。他国に侵攻しても、ほとんどおとがめがないと感じるからだ。そんなことになれば、日本にとっても重大問題だ。日本も(地政学的に)脆弱な立場にいるからだ。