中村桃子 著
そこで編み出されたのが、「です・ます」の丁寧体を「ス」と縮める方法である。実際、高い頻度で「ス体」が観察されるのは、男子体育会系クラブをはじめとする組織的上下関係に特徴付けられる集団である。女子の「ス体」が早い時期に観察されたのも、体育会系クラブのように上下関係の厳しいところである。
「ス」は、「です」という表現を「ス」と縮めることで、「です」の意味である<相手との距離>も縮めている点が興味深い。「短縮化」だけでなく、「っ」という促音をともなったり、書き言葉の場合には「カタカナ」にすることで「軽量化」もしている。つまり、言語要素の短縮・軽量化(「です」から「ス」へ)が、意味も短縮している(遠い距離から近い距離へ)。その意味で、「です」から「ス」への変化には、必然性があると言える。
では、なぜ体育会系の男子集団が「ス」を頻繁に使うのか。これは同じように組織的上下関係を維持しているサラリーマン集団と比較するとわかりやすい。サラリーマン集団と体育会系男子集団の大きな違いは、社会人には敬語を正しく使うことが強く求められる点だ。新入社員研修で常に強調されるのは正しい敬語の使い方である。社会人の代表であるサラリーマンが「ス体」を使うことは許されない。また、「ス体」は学生までなら許されると考えられることが多い。日本の「主導的男らしさ」を体現しているサラリーマン集団は、正しい敬語使用にも特徴付けられているのだ。
以上、「ス体」が広く普及した背景には、敬語の働きの変化、日本語の敬語体系で〈親しさ〉と〈丁寧さ〉を同時に表現することの難しさ、男性集団の階層性があることを見た。