抜群の交渉力を持つ、ブラーデラー

書影『ウィーン・フィルの哲学』(NHK出版)『ウィーン・フィルの哲学』(NHK出版)
渋谷ゆう子 著

 一方の事務局長ブラーデラーもオーストリア出身だ。音楽家一家に生まれたわけではないが、その生来の努力家気質で、ウィーン国立音楽大学を最優秀の成績で卒業したコントラバス奏者である。落ち着いた佇まいと戦略的な物言いで抜群の交渉力を持つ彼は、事務局長職に就く以前、ウィーン国立歌劇場管弦楽団で歌劇場と演奏家の間で交わされる労働規約の交渉をする立場を担っていた。

 ブラーデラーがその役職に就いていた2007年頃、オペラ公演の観客増によって国立歌劇場の収益が年々上がっていた一方で、奏者にその収益が還元されていなかった。そこで歌劇場を相手に給与アップの交渉を行なったのがブラーデラーで、膠着した状況の中で、「歌劇場が奏者の要求に応じなければ、幕が下りたままになる」とストライキを辞さない発言をしている。

 これがメディアに取り上げられたことがきっかけとなり、最終的にはインフレ率の上昇に伴って5パーセント以上の賃金アップを勝ち取っている。奏者のために強気な交渉を行なう一方で、奏者の勤務回数(オペラ公演数)の正確なカウントや指揮者との調整を冷静にこなした。

 こうした経験は、現在の運営とビジネス上の計画立案や契約にも生かされている。フロシャウアー楽団長がウィーン・フィルの「顔」であれば、ブラーデラー事務局長は「頭脳」である。こうした役割分担が、現在のウィーン・フィルを牽引し、道筋をつけているのだ。