NYタイムズが「映画『チャイナ・シンドローム』や『ミッション:インポッシブル』並のノンフィクション・スリラーだ」と絶賛! エコノミストが「半導体産業を理解したい人にとって本書は素晴らしい出発点になる」と激賞!! フィナンシャル・タイムズ ビジネス・ブック・オブ・ザ・イヤー2022を受賞した超話題作、Chip Warがついに日本に上陸する。
にわかに不足が叫ばれているように、半導体はもはや汎用品ではない。著者のクリス・ミラーが指摘しているように、「半導体の数は限られており、その製造過程は目が回るほど複雑で、恐ろしいほどコストがかかる」のだ。「生産はいくつかの決定的な急所にまるまるかかって」おり、たとえばiPhoneで使われているあるプロセッサは、世界中を見回しても、「たったひとつの企業のたったひとつの建物」でしか生産できない。
もはや石油を超える世界最重要資源である半導体をめぐって、世界各国はどのような思惑を持っているのか? 今回上梓される翻訳書、『半導体戦争――世界最重要テクノロジーをめぐる国家間の攻防』にて、半導体をめぐる地政学的力学、発展の歴史、技術の本質が明かされている。発売を記念し、本書の一部を特別に公開する。
中国の巨額の補助金に対して
アメリカの半導体メーカーがとった行動とは
インテルCEOのブライアン・クルザニッチは、世界の半導体産業でシェア拡大を狙う中国の勢いに、不安を隠せずにいた。アメリカ半導体産業の業界団体、米国半導体工業会の2015年の会長を務めていたクルザニッチの仕事は、アメリカの政府関係者たちと親交を深めることだった。
ふつうであれば減税や規制緩和を求めるところだが、今回の話題はちがった。中国の巨額の半導体補助金に対して何か手を打つよう、政府を説得しようとしていたのだ。
アメリカの半導体メーカーはどこも同じ苦境に見舞われていた。アメリカのほとんどの半導体メーカーにとって、中国は重要な市場だった。中国の顧客に直接製品を販売しているか、チップを中国の工場でスマートフォンやコンピュータへと組み立てていたからだ。
中国政府はアメリカ企業を自国のサプライ・チェーンから締め出すことを正式な政策として掲げていたが、中国政府の強権的な手法に押されたアメリカの半導体メーカーは、中国の補助金に口をつぐむしかなかった。
オバマ政権の高官は、鉄鋼や太陽光パネルといった業界から中国に関する苦情が来るのには慣れきっていた。しかし、ハイテクは本来、アメリカが競争上優位に立つお家芸ともいうべき分野のはずだった。したがって、クルザニッチと面談したとき、「彼の目に恐怖の色が浮かんでいる」ことに気づいたオバマ政権の高官は、たちまち不安になった[1]。
もちろん、インテルのCEOたちは昔からパラノイアの傾向があった。しかし、今はどの時代よりも、インテル、そしてアメリカの半導体産業全体が不安を抱くまっとうな理由があった。
実際、中国はアメリカの太陽光パネル製造を廃業に追いやっていた。同じことが半導体でも起きる可能性は?「この2500億ドルという巨額の出資は、われわれを一発で葬り去ることになるだろう」とあるオバマ政権の当局者は危惧した。その人物が述べていたのは、中国の中央政府や地方政府が国内の半導体メーカーを支援するために拠出を約束した補助金のことだった[2]。
2015年ごろになると、アメリカ政府の奥深くで、歯車が少しずつ変化し始める。政府の貿易交渉者たちは中国の半導体補助金を国際協定への重大な違反とみなし始めた。国防総省(ペンタゴン)は計算能力を新たな兵器システムに応用しようとする中国の活動を慎重に監視し続けた。情報機関や司法省はアメリカの半導体メーカーを締め出そうとする中国政府と産業界の共謀の証拠を次々と発掘していった。
それでも、グローバル化の推進と、相手より「速く走る」、というアメリカのテクノロジー政策の2本柱は、産業界の働きかけだけでなく、アメリカ政府内の知的合意によっても、政府に深く刻み込まれていた。
おまけに、アメリカ政府の関係者の大半は、半導体がなんたるかもほとんど知らない有様だった。そのせいで、半導体に関するオバマ政権の動きは鈍重だった、と関係者のひとりは振り返る。単純に、半導体を重大問題のひとつとしてとらえる政府高官が少なかったからだ[3]。
満を持して出てきた提案は
1990年代の焼き直し
そういうわけで、政府がようやく重い腰を上げたのは、オバマ政権末期になってからのことだった。2016年終盤、大統領選挙の6日前、ペニー・プリツカー商務長官がワシントンで半導体に関する注目の演説を行ない、「半導体技術がアメリカの創造性の中心的特徴、そして経済成長の原動力であり続けることは不可欠だ。リーダーとしての地位を明け渡すわけにはいかない」と宣言した[4]。
彼女は中国を最大の脅威とみなし、「不公正な貿易慣行や、市場を無視した巨大な国家介入」を非難し、「商業的な目的ではなく政府の思惑に基づいて企業や技術を獲得しようとする中国の新たな試み」を槍玉に挙げた。この告発は、紫光集団による無節操な買収活動に端を発したものだった。
しかし、オバマ政権の寿命が迫るなか、プリツカーにできることなどないに等しかった。代わりに、オバマ政権が掲げたささやかな目標は、対話の種を蒔き、願わくは次期ヒラリー・クリントン政権に対話を前進させてもらう、というものだった。
プリツカーは商務省に半導体サプライ・チェーンの調査を命じ、「半導体産業を私物化するための1500億ドル規模の産業政策を断じて認めるわけにはいかない、とあらゆる機会を通じて中国指導部にはっきりと主張する」ことを約束した。しかし、中国の補助金を口で非難するのは簡単でも、それをやめさせるのははるかに難しかった。
同じころ、ホワイトハウスは半導体分野の経営幹部や学者たちからなるグループに、半導体産業の未来に関する調査を依頼した。同グループは、オバマが大統領を辞する数日前に報告書を発表し、既存の戦略をいっそう強化するよう促した[5]。
その最大の提案は、「相手より速く走り、競争に勝つ」という、まるで1990年代からコピー&ペーストしてきたような助言だった。確かに、イノベーションの灯を絶やさないことは明らかに重要だったし、ムーアの法則を継続することは競争上不可欠だった。
しかし、現実を見れば、アメリカ政府が相手より「速く走っている」と思い込んでいた数十年のあいだに、ライバル国が続々と市場シェアを伸ばし、全世界がいくつかの急所に驚くほど依存するようになっていた。台湾はその最たる例だ。
[1] アメリカ政府の元高官への2021年のインタビューより。
[2] 同上。
[3] 同上。
[4] “U.S. Secretary of Commerce Penny Pritzker Delivers Major Policy Address on Semiconductors at Center for Strategic and International Studies,” speech by Penny Pritzker, U.S. Department of Commerce, November 2, 2016.
[5] “Ensuring Long-Term U.S. Leadership in Semiconductors,” report to the president, President’s Council of Advisors on Science and Technology, January 2017.
(本記事は、『半導体戦争――世界最重要テクノロジーをめぐる国家間の攻防』から一部を転載しています)