自分のエビデンスを見せて「こっちに来ない?」というのが大事
山口 日曜日の夜に「明日から仕事頑張るぞ!」と思えないんだったら何かがおかしいはずなんですけれど、僕が資本主義のハックの話をして「ワクワクしてない仕事でパフォーマンスなんか出るわけないよ」などというと、「でも仕事って、ワクワクしながらやるもんじゃないでしょ」とか、平気な顔して反論してくる人がいるわけですよ。
それがもう、呪いだと。仕事は辛いものだとか、嫌々やるものだと思っている人の下で働く若手は、本当にかわいそうだなと思います。
四角 呪われた上司の部下……まさに悲劇ですね。本来、仕事とは究極の遊びであるべきなのに。
山口 じゃあ、そういう人たちをどう説得すればいいのかというと…嬉しかったのが、ある戦略コンサルタントの人が、僕の『美意識』の本を読んで辞めましたと言ってくれて。
四角 おおーっ。
山口 世の中に対する訴えかけは、やっぱりある程度効果があるっていうか、ちゃんと受け取ってくれる人は受け取ってくれるんだと。だから、僕が一番いいと思う方法は、自分自身のエビデンスで見せていくことだと思うんです。
『ビジネスの未来』を書いたときに、イメージとしてあったのがジョン・レノンの「Imagine」だったんですが、あれって何も説得してないんですよ。
四角 世界一好きな曲です!
山口 「Imagine」、つまり「想像してみて」って言っている。で、「But I’m not the only one」、「僕1人だけじゃないよ」、「I hope someday You’ll join us」、「いつかこっちに来てくれるといいな」、そういうことを言ってるわけです。だから、自分のエビデンスを見せて「こっちに来ない?」というのが大事だなと思っているんです。
四角 確かに。
山口 「埋没コスト」も一種の呪いだと思っているんです。「せっかくここまでやったし」とか、「せっかくこんな大きな会社に入ったんだし」とか。
四角 サンクコスト効果(支払ったコストに気を取られて合理的な判断ができなくなる心理)ですね。
山口 その点、四角さんのサンクコストの捨てっぷりはすごいですよね。音楽業界で大活躍していて、ヒットも連発していて、そのまま敏腕プロデューサーとしてやっていけばブイブイ言わせられるはずなのに。
四角 (笑)。
山口 でも、『超ミニマル主義』を読んだときに、「こっちにおいでよ」感をすごく感じたんです。
四角 本当ですか。
山口 四角さんのような生活、みんな自分ができるわけないと思っているけれど、「いや、全然できるよ。カモン!」みたいな、そういう感覚がすごくあって。「もっと話を聴きたい」って思えた。
四角 ありがとうございます。嬉しいなあ。
山口 今の日本は、人生のモデルがものすごく単一的、単線的なイメージになっていて、その中で「上に行くか」「下に行くか」の序列でしか判断できなくなっているんですよね。タワマンみたいに、階が上になればなるほど高級で、エレベーターに乗ってボタンを押す瞬間に、「負けた」とか「勝った」とか思っている。あの感覚にみんな心を絡め取られていて、全く別のレールが存在することとか、そもそもレールに乗っていない別のモデルがあるんだっていうことに気づいていないんです。
だから、四角さんのように、まず自分を見せる。そして、こういう生き方も可能なんだよと、見せつけていくのがすごく大事だと思うんです。
四角 なるほど、なるほど。
山口 以前外資系コンサルティング会社に勤めていた時に、すごく危機感を覚えてね。外資系コンサルト言えば、港区の高級マンションに住んで、ベンツとかポルシェとかに乗っている…なんていう、非常にステレオタイプなイメージの中にいることのカッコ悪さがもう嫌で嫌でしょうがなくて。でもその実、割とそういうステレオタイプな感じに自分も近づいていたんです。
四角 へえーっ。
山口 当時、「Evernote」にちょこちょこと感じていることをメモしていたんですが、当時のメモを読み返すと、「人生のどこを修正したらいいのかわからない」って書いてあって。
もう15年前くらいかな、当時、世の中的に言われているものは、大体手に入れてたんですよね。でも、プチうつみたいな状態がずっと続いていて、「これは根本的にちょっとおかしい」と気づいた。ステレオタイプな「いい人生」っていうのを過ごしてきたけれど、一度解体しようと思って、ポーンと衝動的に葉山に引っ越したんですよね。
四角 周さんにもそんな時期があったんだ。
山口 いまでこそリモートワークも増えてきましたけれど、当時はそういうライフスタイルの人はほとんどいなかったんです。なのに、「もう土日は仕事しません。で、夕方6時以降に会議がある場合は、帰りの車の中から入ります」みたいな。
四角 いいですね! 共感します(笑)。
山口 当時は「常にセンターから外れている」という立ち位置を取ることをすごく意識していましたね。でも、四角さんのほうがセンターからの外れっぷりがすごい(笑)。移動距離だけを取ってみても、僕の場合は都心から葉山までだから、せいぜい60キロぐらいの移動ですが、四角さんは8000キロぐらい移動しちゃったでしょう。
四角 今の周さんのお話には勇気づけられました。過去の自著は、常に次世代に向けて書いていたんですが、『超ミニマル主義』は初めて同世代を意識した本だったので。「現状に違和感を感じるなら、思い切って手放して、自分を取り戻す冒険に出てほしい。現状維持の方が苦行だよ」ということを体系的に伝えたいと思ったんです。
山口 普通に考えると、四角さんのようなキャリアを手放すのは勇気がいると思うんですよ。ある意味、これまでのキャリアを自分自身で終わりにしたわけじゃないですか。
四角 それができたのは、バックパック1つあれば生きていけるという自信があったからなんですよ。
山口 なるほど。
四角 僕は昔から、自分や家族が健康的に生きるための、ミニマル(必要最小限)な衣食住と、ミニマム(最低限必要)な生活費を常に把握してきました。
生活費でいうと、学生時代のときは10万円あれば余裕。社会人になってからも15万円で全然OKで、結婚してからは夫婦2人で当時は20万円ほどで暮らしていました。「日給1万円のバイトを、独身なら月に15日、夫婦ならそれぞれが10日ずつやればいけるな」と。これなら、いつ会社をクビになっても大丈夫だと思っていました。だから、会社員時代も仕事で思い切ったことに挑戦できたんですよね。
山口 それもベーシック・インカム的な発想ですね。
四角 衣食住に関しては、やはり習得していたアウトドアスキルが大きかったですね。学生時代に、最高のキャンプ場を見つけてたんです。町営なので無料、目の前の海で魚がいっぱい釣れて、周りの農家さんに「なんでもやるから作物を分けて欲しい」って言うと、食べきれないほどもらえて。
だから、いざとなったら、テントと釣り道具、最低限の衣類をバックパックに入れて、あそこに行けば生きていけるって、本気で思っていたんです(笑)。
山口 すごいね(笑)
四角 ちょっと話は脱線しますけれど、僕はたまたま入ったソニーミュージックで、期せずして出世コースに乗せられて、20代後半にプロデューサーになるんですけど。
山口 はいはい。
四角 でも最初はひどかったんです。幼少期から患っていたチック症と重度の赤面症のせいで、自分は社会でやっていけないと思っていた。そのネガティブ思考のままソニーミュージックに入社して営業職に就いたため、メンタルヘルスは常にギリギリ状態で。
そういう事もあって、新人の頃から会社を休みまくってたんです。『超ミニマル主義』の「バカンス思考」でも解説した、「すべての週末+国民の祝日+お盆と年末年始の休み+20日間の有休=150日だから、年に5ヵ月も休める!」という計算もあって(笑)。そのせいで先輩にボコボコにされてしまい……
山口 あああ……
四角 だから査定は低かったんですが、本社で一人だけ僕を気に入ってくれた人がいて、宣伝兼アシスタントプロデューサーに抜擢されたんです。いきなり期待の若手扱いされて、過重労働モードに入るけど、当然ヒットなんて出せない。人事部に直訴して、楽な部署に異動させてもらい、自ら出世コースから外れたんです。
山口 その捨てっぷりもすごいよね。普通の人は、なかなか梯子から下りられない。
四角 確かに、周りは「もっともっと」とひたすら上を目指していました。でも、その「上」は結局、誰かと比べての基準だから、いくら梯子を登っても満たされず不安が増大するだけ。逆に、「自分は最低限これさえあれば大丈夫」というミニマルな境地は、精神的なセーフティネットとなって安心をもたらします。
僕の場合それは、テントでの自給自足ライフですから(笑)。服は古着で家具は中古だったので、周りからは「大手レコード会社の社員なのに質素だね」なんて言われてましたが、僕にしたら当時の暮らしはもう充分に贅沢で。
山口 へえーー。
四角 そして僕は、「出世・期待・世間体」を手放して楽な部署に異動したことで、一息つけて「本来の自分」を取り戻すことができました。
でも1年後、前に僕を拾ってくれた方が小さなレーベルを始めるということで、プロデューサーに強引に引き戻されて。そこで、彼のサポートを受けて初のミリオンヒットを記録し、ヒットを量産できるようになっていった。
数年後、その上司についていく形でワーナーミュージックに転職し、数十組のアーティストが所属するプロデュース部を任されます。給料は倍になり、さらなる出世コースに乗せられますが、1年やって、これは無理だって。
山口 またそういう思考に。
四角 で、自ら降格を申し出て、また現場に戻って、そこで出会ったのがシンガーソングライターの絢香なんです。彼女で再びミリオンヒットを出して、その後に出会ったのがSuperfly。つまり、世間的にいいとされることでも、自分に合わないとか重荷すぎると感じるなら、思い切ってそれを手放した方がいい――身軽になって自分らしく働いた方が、もっともっと価値のあることを実現できる。そんなことを、骨の髄まで身に付けていたんです。
山口 面白いなあ。
四角 ここで先ほどの周さんからの、「手放すのは勇気がいったんじゃないか」という質問に戻るんですが、勇気というよりは、「これさえあれば大丈夫」というミニマル思考、つまり精神的なセーフネットを確保していたからできた。やはり、それに尽きるなと。
そしてこれって、一つの「思考の技術」だなと。この技術の習得法を体系化したのが、今回の『超ミニマル主義』です。
山口 思考の技術、ですか。
四角 これまでの著書では説明不足で、「わかってはいるけど手放す勇気なんて持てない。四角さんだからできたんだ」と言われることが多かった。だから、半生を振り返りながら「なぜ僕はやれたのか」「どうやってやったのか」を徹底的に分析し、誰もが再現できる技法に落とし込もうと必死に書いていたら、1000ページ超えてたっていう(笑)。
山口 これはますます、続編が楽しみだなあ。
(対談 次回に続く)
*『超ミニマル主義』では、「手放し、効率化し、超集中」するための全技法を紹介しています。
執筆家・環境保護アンバサダー
1970年、大阪の外れで生まれ、自然児として育つ。91年、獨協大学英語科入学後、バックパッキング登山とバンライフの虜になる。95年、ひどい赤面症のままソニーミュージック入社。社会性も音楽知識もないダメ営業マンから、異端のプロデューサーになり、削ぎ落とす技法でミリオンヒット10回を記録。2010年、すべてをリセットしてニュージーランドに移住し、湖畔の森でサステナブルな自給自足ライフを営む。年の数ヵ月を移動生活に費やし、65ヵ国を訪れる。19年、約10年ぶりのリセットを敢行。CO2排出を省みて移動生活を中断。会社役員、プロデュース、連載など仕事の大半を手放し、自著の執筆、環境活動に専念する。21年、第一子誕生を受けて、ミニマル仕事術をさらに極め――週3日・午前中だけ働く――育児のための超時短ワークスタイルを実践。著書に、『自由であり続けるために 20代で捨てるべき50のこと』(サンクチュアリ出版)、『人生やらなくていいリスト』(講談社)、『モバイルボヘミアン』(本田直之氏と共著、ライツ社)、『バックパッキング登山入門』(エイ出版社)など。