合理性と3つの資本
合理性とは、「投入した資源(リソース)に対してより多くの利益(リターン)を得ること」と定義できる。100円を投じて100円しか返ってこない取引よりも、110円になる取引の方が合理的なことは誰でもわかるだろう。
ただし、こうした意味での論理的(経済的)合理性の役割は、それぞれの資本で異なっている。図1に「合理性」という補助線を引くと図2になる。
金融資本の活用は金融市場に資金を投じて利益を得ることで、ほぼ合理的意思決定理論(ファイナンス理論)で説明できる。「損をしたけどよい投資」というのは、原理的にありえない。ただし例外もあって、その典型がマイホームだ。あとで詳しく説明するが、ファイナンス理論では、マイホームという「大きなレバレッジをかけた不動産投資」を正当化することは難しい。それにもかかわらず多くのひとがリスクをとってマイホームを購入するのは、それが(合理性では説明できない)“夢”だからだろう。
人的資本の活用は労働市場に個人の労働力を投じて利益を得ることだが、「単位時間当たりの収入が多い方がよい仕事」と一概にいうことはできない。仕事の選択には、やりがいや自己実現、社会的評価など、金銭以外の要素が大きく影響するからだ。とはいえ、タダ働きでもみんなのためになることをしたいという、「やりがいがすべて」の理想論は早晩、破綻するだろう。人的資本の活用においても、半分、あるいはそれ以上は経済合理性で判断する必要がある。
社会資本は人的ネットワーク、すなわち「絆」や共同体への帰属意識(アイデンティティ)のことだ。わたしたちはごく自然に、愛情や友情を経済的な合理性とは切り離している。―セックスのあとにダイヤの指輪をプレゼントするのは愛情だが、一万円札を差し出すと買春になってしまう。
とはいえ、パートナーを選ぶときや、友人のうちの誰と関係を継続し、誰と縁を切るかを選択するときには、合理性の要素がまったくないわけではない。ネットワーク理論では、あなたはもっとも親しい友人5人の平均だとされる。相手のことをなにひとつ知らなくても、社会的な関係を見るだけでだいたいのことは判断できてしまうのだ。
人生の土台を合理的に設計できれば「成功者」
舞台がしっかりしていれば、その上で演じる物語の選択肢は大きく広がるだろう。そんな“強靭な土台”をもっていることを、「成功」と定義したい。
いったん人生の土台を合理的に設計すれば、そこでどのような人生の物語を紡いでいこうとあなたの自由だ。それがとんでもなく不合理なものであってもまったくかまわないし、それでもあなたは「成功者」なのだ。
●橘玲(たちばな あきら) 作家。2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部の大ヒット。著書に『国家破産はこわくない』(講談社+α文庫)、『幸福の「資本」論 -あなたの未来を決める「3つの資本」と「8つの人生パターン」』(ダイヤモンド社刊)、『橘玲の中国私論』の改訂文庫本『言ってはいけない中国の真実』(新潮文庫)など。最新刊は『シンプルで合理的な人生設計』(ダイヤモンド社)。毎週木曜日にメルマガ「世の中の仕組みと人生のデザイン」を配信。