短期的な幸福と長期的な幸福の衝突

 これは、「短期的な幸福(快感)と長期的な幸福(成功)が、しばしば衝突する」という話でもある。成功とは多くの場合、短期的な快楽を抑制することで長期的な利益を最大化することなのだから、「痛み」に耐えて、自分よりも優れたひとたちとつき合った方が成功しやすいだろう(とりわけ若者には、このアドイバイスは有効だ)。

 幸福は相対的なものだから、現在の状態よりもすこしでも改善すれば、客観的にはどれほど不幸に見えても、主観的には幸せを感じることができる。わたしたちは“神の視点”から世界中のひとびとの平均値と自分の境遇を比較し、「幸福/不幸」を統計的に判断しているわけではない。脳のスペックの限界(進化的制約)から、幸福感は、会社や学校、あるいはママ友など半径10メートル以内の人間関係のなかから生じる以外にないのだ。

 このようにして、社会的には成功していると思われていた芸能人が自殺してひとびとを驚かせる一方で、生活保護基準を下回る暮らしをしている「貧困専業主婦」が、「自分には家庭がある(子どもがいる)から幸せ」と思っていたりする。「幸福」の定義は一人ひとり異なり、客観的な基準などない。

 そこで前著『幸福の「資本」論』では、「金融資本」「人的資本」「社会資本」を幸福の土台(インフラストラクチャー)として、この条件が(ある程度)揃った状態を「幸福」だと定義した。本人が「自分は不幸だ」と思っていても、3つの「資本」をもっていれば、それは「幸福」なのだ。

橘玲(たちばな・あきら)
作家
2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部の大ヒット。著書に『国家破産はこわくない』(講談社+α文庫)、『幸福の「資本」論 -あなたの未来を決める「3つの資本」と「8つの人生パターン」』(ダイヤモンド社刊)、『橘玲の中国私論』の改訂文庫本『言ってはいけない中国の真実』(新潮文庫)など。最新刊は『シンプルで合理的な人生設計』(ダイヤモンド社)。毎週木曜日にメルマガ「世の中の仕組みと人生のデザイン」を配信。