子どもらに譲渡した自社株なのに、「名義株」として強奪しようと謀る父

 父は途中から、名義上、私と弟が株を持っている形にしようと考え直したのかもしれません。

 事実、弟の遺産をめぐっての“事件”では、私は父に、毎年の決算書類で、税務申告時の株主構成に弟と私が含まれている事実を指摘しました。ところが、父は、「それは名義だけのこと。現実には俺のもの。名前を借りていただけ」と、主張し続けました。

 株の一部を私と弟に譲ったことにして、毎月私たちの給料から天引きされるお金を、自分の懐へ入れていたというのが、父の言い分でした。現金を少しでも自分の自由にしたかったからです。

 私と弟は、最初「株を譲るから給与から天引きする」と父から言われ、当然、正当に株を譲られたと、律儀に毎月支払っていましたが、父にとっては、より多くの現金を手にするための手段にすぎなかった、というわけです。もちろんこれは、後から考えた言い訳と思えましたが、状況が変われば、それに従って主張も変えていくのが父の常套手段でした。

 弟の財産を「全部俺のもの」と言い出したことについても、母が亡くなったときと同様、まさに父ならばいかにもやりそうなことでした。

 弟や私への自社株譲渡を父にアドバイスした税理士は、弟の相続税の申告を担当すると、父の性格をよく知っていたためでしょう、父に反論しませんでした。

 弟の財産の相続人は、弟の妻(義理の妹)と息子(甥)です。私はこの問題ではまったくの部外者です。私は、母が亡くなりその相続が問題になって以来、自らの利益になる発言は一切しないことを自分のスタンスにしていました。父からまた「財産狙いか」と言われたくないからです。

 しかし逆に、自分の利益とは無関係なことについては、むしろズケズケと発言するようになっていました。

 その後、私一人が大声で父とやり取りする日が続きました。大声で主張できたのは、私の損得ではなかったからです。甥や義妹が文無しにされると心配したからです。亡くなった弟が一番嫌うこと、一番心配なことだろうと思ったからです。

 もちろん、父の態度は変わりません。父がお金を握り、すべての家族を自分の言いなりにしようとしていたのは明白です。

 父には、「お金を持った者は、言いなりにならない」信条がありました。このときも、母のときも、自分がお金をほしいからというよりも、ほかの者に持たせたくない、という信念があると確信しました。

 父との口論はまったく無意味で、不毛な10カ月が過ぎていきました。申告と納付の期限が迫っていました。

申告最終日まで強硬な父に、税理士団はブチギレ! とうとう申告辞退!?

 父は決して自分の主張を変えることはありませんでした。何をどう言っても、ただただ「弟の財産は全部俺のもの」と、けんもほろろ、取りつく島もありません。ただただ大きな声で自分の言い分を繰り返すだけです。

 弟はとにかく質素倹約を旨として、部下とも下請け業者とも割り勘で食事をするような性格でした。父や私とはまったく逆、母の質素倹約が遺伝したかのようでした。そうして貯めた弟の財産なのです。

「弟の質素倹約はあなたも知っていたはず。それでもそんな理不尽なことを言うんですか!」

 私がそこまで言うと、父はやっと弟の倹約の努力を認めたのでしょうか、現預金などに関しては、なんとか主張を取り下げました。

 しかし、自社株についてはまったく譲りません。弟が(私も)毎月の給料から天引きされる形で支払って、自分のものにした自社株です。それを真っ向から否定する父の言動に、私はさすがに腹が立ち、言い合いになりました。そしてそのまま10カ月が過ぎ、ついに申告の最終日までもつれ込みました。

 税理士団が申告ギリギリの最終日、押印のため、会社へやって来ました。

 関与税理士から依頼を受けた資産税専門の税理士が、申告のために父がサインするだけの状態にまでしてくれていました。しかし、それでも父は頑固に「株は俺のもの」と言い張っています。

 税理士団は、過去にも多くの申告をしてきた国税OBのベテラン揃いです。しかし、さすがに父の態度は腹に据えかねたようです。資産税専門の税理士はついに、「これでは手続きはできません!」と、父に負けないほどの大声でテーブルを叩いて部屋を出て行きました。申告税理士を辞退しようとしたのです。

 これを見た父、さすがに「マズい」と思ったのでしょう。「呼び戻してこい」と関与税理士に取りなしを頼みました。

 最後になって父はやっと折れたのです。弟名義の自社株は確かに弟のものであり、それは甥が相続する、と認めたのです。

 14億円の価値がある自社株を相続した甥には、高額な相続税が課せられました。

 配偶者である義理の妹の相続税は100円でしたが、甥に課せられた相続税は4億5,000万円ほどにもなりました。もちろん、甥はそんな現金など持ち合わせていません。

 幸い弟は、上場企業の有価証券や現金を遺しており、それは妻(義妹)が相続しました。また私は税理士の勉強をしていたことで、会社から死亡退職金と弔慰金を最大限引き出すことを提案しました。

 甥は母親から現金を借りる形で4億5,000万円の相続税を納付し、その後、母親へは自社株の配当で年払いの返済をすることになりました。

 義妹は、息子の相続税納付金のために相続した財産すべてを貸すことになり、無一文同然になったと推察します。甥の4億5,000万円の返済は長きにわたることですし、配当は、その後、社長に復帰した父の考え一つでどうにでもなりますから、不安は大きかったと思います。

 借金をしなかっただけでもよかったと考えることもできますが、その後に相続した田畑の管理費などもあり、義妹は心細い日が続いたものと思います。