これからのデザイナーに求められる「美意識」

研究者とデザイナー、2つの視点で100年先の未来を描くPhoto by ASAMI MAKURA

――これからのデザイナーに身に付けてほしいスキルはありますか。

 ファシリテーションのスキルはぜひ高めてほしいですね。社内外の多様なステークホルダーを巻き込んでワークショップを回したり、プロセスを推進させたりして、「共創」をリードする役割が、デザイナーにますます求められるようになっていますから。

 先ほど触れた「Design X」からも「AI SPEC」という、ファシリテーションを主眼とするプロジェクトが生まれています。これから確実に社会課題化する「AI倫理」について議論を深める場づくりに取り組んだものです。このアプローチが非常にユニークで、スペキュラティブデザインなどの手法を活用して議論を重ね、「AI技術が発展すると、あり得る未来像」が「漫画」の形式で問題提起されました。これでAI研究者や事業部も巻き込んだ対話が社内で活性化し、三菱電機としてのAI倫理ポリシーの策定や、社内のAI倫理教育にも影響を与えるまでになりました。

 共創の現場で異質な情報を掛け合わせ、発想の飛躍を促すには、「課題を見いだす力」「発想し構想する力」「創造し具現化する力」「俯瞰し統合する力」「変化に気付き、その先を見る力」なども非常に重要です。全てを網羅できなくても、一つは強みといえるレベルまで磨き、頑張ってもう一つ二つ、得意といえるレベルにできれば強いですね。

――デザイナーの役割が広がるにつれ、スキルより姿勢が重要になっていくのですね。

 そうですね。知識や技能ももちろん重要ですが、集中的に学べば短期間で習得できるものも多いので、そこはぜひ自己研さんしてほしい。一方、土台となる企画力や洞察力、想像力や感性は一朝一夕には育たないので、組織として方向付けが必要だと思います。

 また、スキルとは別に大事にしてほしいのが「美意識」です。視覚的な美を造形する力ももちろんですが、「善を希求する心」「善き文化を創ろうという志」といった高次の美意識を高めてほしいと思っています。デザイナーの活動がビジネスの上流に広がったとき、企画や開発の根幹に美意識がなければ、より良い価値創造につながらないからです。

――美意識はどのようにすれば鍛えられるでしょうか。

「自主研究」は、美意識の鍛錬の場としても機能していると思います。例えば、当研究所のデザイナーが地域貢献の一環として、地元である鎌倉市内の小学校で授業のサポートに取り組んだ事例があります。小学校側からは当初、「プロのデザイナーにポスターの描き方を教わりたい」とオファーを頂いたのですが、もっと子どもたちの創造性を育める取り組みにしようと、デザイン思考を実践できるプログラムを提案することになりました。

 ただきれいなポスターを描くだけで良しとせず、地域を実際に調査し、商店街のゴミ問題という課題を特定し、その原因を生み出している人々の行動を観察し、改善方法を探る――。こうしたプロセスを踏むことで、子どもたちの表現が見違えるほど豊かになり、「街の美化」という成果も生み出しました。参加したデザイナーも大いに刺激を受けましたし、私も改めてデザインの力に気付かされました。

 あらゆる課題に対して、常に本質に立ち返ってより良い社会を目指そうとすること。未来の価値を創造していく上で、決して忘れてはならない姿勢だと思います。

研究者とデザイナー、2つの視点で100年先の未来を描くKomi Matsubara
三菱電機 開発本部 開発業務部長(取材時、統合デザイン研究所長)
東京藝術大学美術学部デザイン科卒、人に寄り添いながら社会を変えていくデザインに関わりたいという想いから、宇宙から家電まで幅広い事業を展開する三菱電機に1992年入社。冷蔵庫などのホーム機器のプロダクトデザインや新事業のコンセプト提案などを担当したのち、2015年より内閣府(科学技術・イノベーション政策)に3年間出向。19年に帰任後、未来洞察やスタートアップ連携を担う未来イノベーションセンター長、22年4月から23年3月まで統合デザイン研究所長を歴任。23年4月より現職。 Photo by ASAMI MAKURA