「幸福」を3つの資本をもとに定義した前著『幸福の「資本」論』からパワーアップ。3つのの資本に“合理性”の横軸を加味して、人生の成功について追求した橘玲氏の最新刊『シンプルで合理的な人生設計』が話題だ。“自由に生きるためには人生の土台を合理的に設計せよ”と語る著者・橘玲氏の人生設計論の一部をご紹介しよう!
マルチタスクは生産性を下げるだけ
タイパ(タイムパフォーマンス)を上げる方法として、一時期、マルチタスクが唱えられた。コンピュータがいちどに複数の作業をこなすように、「企画を考える」「メールの返事を書く」「子どもが学校で起こしたトラブルについて妻の愚痴を聞く」などの異なる作業を同時にできるようになれば、作業効率が飛躍的に向上するのだという。
しかしその後、マルチタスクのブームは急速に廃れ、いまではこの言葉を口にするひとは(ほとんど)いなくなった。脳科学の実験によって、脳はそもそもマルチタスクができるような仕組みになっていないことが明らかになったからだ。
モニターに映った「垂直で青い棒」を探すには、「水平で青い棒」や「垂直で赤い棒」と区別しなければならない。サルにこの課題を与えて脳の活動を調べた実験では、「赤色か青色か」あるいは「水平か垂直か」を見極めているとき、異なるパターンのベータ波(19~40へルツ)が検出された。
より興味深いのは、この課題を行なっているあいだに、瞬間的にアルファ波(6~16ヘルツ)が現われたことだ。この低周波の脳波はタスクの切り替えスイッチで、「赤/青」と「水平/垂直」とのあいだで注意を切り替える役割があるらしい[*6]。
タスクを切り替えるには無関係な思考を止めなくてはならず、そのたびに認知資源が消費される。当然、パフォーマンスは下がることになる。
携帯電話を使いながら車を運転していると、ブレーキ反応が遅れる。会話は意識が、運転は無意識が担当し、役割分担できているように思えるが、急ブレーキを踏むような事態(サッカーボールが路上に転がってきた)では、無意識はどうすべきかを意識に問い合わせる。このとき意識が別のタスク(電話での会話)を行なっていると、その分だけ反応が遅れてしまうのだ。
実験では、運転中の携帯電話の使用は飲酒運転と同程度のリスクだった。こうしてハンズフリーへの切り替えが進んだが、じつはこれでは反応時間の遅れはほとんど改善しない。ドライバーのパフォーマンスを引き下げていたのは片手でハンドルを操作していることではなく、運転中に電話で会話することなのだ。
マルチタスクで仕事の効率を上げようとすると、酔っぱらいながら仕事をするのと同じことになってしまう。「時間が足りない」という問題を解決しようと思って、状況をさらに悪化させているのだ。
時間制約というのは「冷酷な現実(変えることのできない重力問題)」なので、簡便な方法でそれを回避することはできない。このことをまずは確認しておこう。
作家
2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部の大ヒット。著書に『国家破産はこわくない』(講談社+α文庫)、『幸福の「資本」論 -あなたの未来を決める「3つの資本」と「8つの人生パターン」』(ダイヤモンド社刊)、『橘玲の中国私論』の改訂文庫本『言ってはいけない中国の真実』(新潮文庫)など。最新刊は『シンプルで合理的な人生設計』(ダイヤモンド社)。毎週木曜日にメルマガ「世の中の仕組みと人生のデザイン」を配信。