眠る理由は、「ハウスキーピング機能」か

 眠る理由としてもっとも有力なのは、「ハウスキーピング機能」説だ。オフィスビルを掃除するには、昼間よりも誰もいない夜間の方が効率がいい。同様に睡眠は、昼間の活動中にはできないことを行なう時間なのだ。

 1950年代に、睡眠中に覚醒時と同じように眼球がすばやく動くことが発見された。これがレム睡眠で、この浅い眠りのときにわたしたちは夢を見る。

 それに対して、急速眼球運動のないノンレム睡眠はN1、N2、N3と眠りが深くなり、脳波が大きくゆっくりしている深い眠りは「徐波睡眠」と呼ばれる。

 この徐波睡眠(N3)のとき、脳の基底部にある下垂体から成長ホルモンが分泌される。子どもは眠っているときに成長するが、その役割が徐波睡眠に割り当てられたのは、この時間の身体にはほかにやることがないからだろう。

 睡眠は抗体の産生やインスリン分泌の調節にもかかわっている。睡眠中は免疫反応が活発になり、抗体生産性が上がるので、ワクチンの効果を最大限に引き出すにはじゅうぶんな睡眠が欠かせない。インスリンの調節にも睡眠は必須で、「健康な大学生でも、4時間睡眠を5日間続けただけで前糖尿病状態になった」という報告がある。

 睡眠は、アルツハイマー型認知症とも関係がある。認知症の原因のひとつがアミロイドβという老廃物で、これが脳の神経細胞のあいだに蓄積されると認知症の引き金になる。

 このアミロイドβは、覚醒時より睡眠中の方が2倍の速度で除去される。逆に、ひと晩徹夜しただけで神経細胞の間隙に存在するアミロイドβは5%も増加する。認知症の最大の予防は、ちゃんと眠ることなのだ。

橘玲(たちばな・あきら)
作家
2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部の大ヒット。著書に『国家破産はこわくない』(講談社+α文庫)、『幸福の「資本」論 -あなたの未来を決める「3つの資本」と「8つの人生パターン」』(ダイヤモンド社刊)、『橘玲の中国私論』の改訂文庫本『言ってはいけない中国の真実』(新潮文庫)など。最新刊は『シンプルで合理的な人生設計』(ダイヤモンド社)。毎週木曜日にメルマガ「世の中の仕組みと人生のデザイン」を配信。