深夜に部屋へかかってきた
元上司からのお誘いの電話
(これはマズいことになった…。よりによって、こんなところで!)
課長は飲んでいたグラスとビール瓶をつかんで、私たちの卓に割り込んできた。4人掛けのテーブルに隙間などはないのだが。
「か、課長、お久しぶりです」
動揺を隠すので精いっぱいだ。
「お前、今、どこにいるんや?」
「さいたま新都心支店で、法人の取引先担当をやってます」
「おー、そうやったなあ!」
家内の困惑した顔が見えた。
「あ、課長、すいません。家内と娘です」
「いつも主人がお世話になってます」
「いやあ奥さん、久しぶりですな」
そうだった。村石課長も披露宴に来ていたのだ。スピーチで課長は「自分が仲を取り持った」だの「自分が宴のプロデューサー」だの好き勝手にアピールしていた。
男性にとっては何でもないことだが、家内や課長の奥さん、つまり女性が夫の職場の人にすっぴん、浴衣姿で挨拶をしなくてはならないなど、この上ない苦痛だっただろう。デリカシーのない傍若無人さに閉口した。
その後、部屋に帰り、床に就こうとしたとき、部屋の内線電話が鳴った。フロントからか?こんな時間になんだろう?それは、まさかの村石課長だった。会社の施設かつ個人情報などどうでもいい時代、フロントに聞けば私の部屋番号など聞き出すのはたやすいことだった。
「おぅ、起きてたか?前にいた店の支店長たちとこれから麻雀(マージャン)なんやけど、メンツが足らん。今から来れるな?」
正気で言ってるのか?家族で旅行に来てるのに、夜中に麻雀を誘う神経はどうなってるのか?
「なあ、目黒?俺の顔、つぶさんといてくれよ。ここの支店長とはつながっていた方がええぞ?お前の人脈作りのために言ってるんや」
ウソだ。たいそうに「人脈作り」などとよく言えるもんだ。あきれたが、あまりにしつこいため行かざるを得なかった。厄払いを終え、まだ数時間しかたっていない。出雲の神は最高峰ではなかったのか。
「課長が麻雀のメンバーが足りないから来いってさ」
「ウソでしょ?今から行くの?」
家内があきれた声を出したのも無理はない。時計の針は深夜11時を回っていた。
「行かなきゃ、明日の朝に食堂で何言われるかわからない。そっちの方が面倒だよ」