「幸福」を3つの資本をもとに定義した前著『幸福の「資本」論』からパワーアップ。3つの資本に“合理性”の横軸を加味して、人生の成功について追求した橘玲氏の最新刊『シンプルで合理的な人生設計』が話題だ。“自由に生きるためには人生の土台を合理的に設計せよ”と語る著者・橘玲氏の人生設計論の一部をご紹介しよう!

年収800万円と金融資産1億円

 市場経済では貨幣の多寡が幸福度に大きく影響するので、誰もがお金持ちになりたいと(こころの底では)思っている。しかし、無限の富をもてば無限の幸福が手に入るわけではない。お金(収入や資産)の効用も逓減するからだ。

 興味深いことに、収入の限界効用がゼロ(平坦)になる金額は、アメリカの研究では年収7万5000ドル(約900万円)、日本の大学の調査では年収800万円だとされる。これは個人単位なので、夫婦と子どもの世帯では年収1500万円程度になる(これはあくまでも平均で、もっと多くの収入を望むひともいれば、そんなにいらないというひともいる)。

年収800万円と金融資産1億円で幸福度は上がらなくなるPhoto:freeangle / PIXTA(ピクスタ)

 幸福度が上がらなくなる金額とは、「世間一般で幸福とされている暮らしが、お金のことをさほど気にせずにできる」下限だと考えればいいだろう。

 独身なら好きなブランドを着たり、恋人と高級レストランで食事したり、年にいちどくらいは海外旅行を楽しめる。結婚していれば、子どもを私立学校に通わせ、夫婦で月に何回か外食し、夏冬の休みには家族旅行に行く。

 このように、みんなから「幸せだね」といわれる条件をクリアしてしまうと、ブランドのランクをコーチからエルメスやシャネルに上げても、食事の場所を近所の洒落たビストロからミシュランの星付きレストランにしても、家族旅行を国内からハワイに変えても、幸福度が劇的に上がるようなことはないのだろう。

 収入だけでなく資産の限界効用も逓減する。日本では、持ち家とは別に1億円の金融資産があると、それ以上貯蓄が増えても(平均的には)幸福度は上がらないとされる。これはおそらく、「1億円」が老後の不安から解放される基準になっているからだ。

 人類史上未曽有の超高齢社会に暮らす日本人にとっての最大の不安は、将来、年金制度が破綻して、80代や90代で“貯金寿命”が先に尽きて住むところもなくなり、公園でホームレス生活をすることだ。金融庁の報告書では、持ち家でも年金だけだと老後に2000万円不足するとされたが、1億円相当の金融資産があれば、今後、日本経済になにが起きても、自分と家族の最低限の生活は維持できると思えるはずだ。だからこそ、いったんこの「安心の基準」をクリアすると、それ以上資産が増えても幸福度が劇的に上がるようなことはないのだろう。

※この記事は、書籍『シンプルで合理的な人生設計』の一部を抜粋・編集して公開しています。

橘玲(たちばな・あきら)
作家
2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部の大ヒット。著書に『国家破産はこわくない』(講談社+α文庫)、『幸福の「資本」論 -あなたの未来を決める「3つの資本」と「8つの人生パターン」』(ダイヤモンド社刊)、『橘玲の中国私論』の改訂文庫本『言ってはいけない中国の真実』(新潮文庫)など。最新刊は『シンプルで合理的な人生設計』(ダイヤモンド社)。毎週木曜日にメルマガ「世の中の仕組みと人生のデザイン」を配信。