笑顔のトレーニングから始める

 また、部下との会話中に気をつけたいのは、上司の表情、特に笑顔です。上司は決して仏頂面で話さないことです。会社側の評価者でもある上司は、部下にとって怖い存在と思われがちです。上司本人は普通な顔のつもりでも、無表情なだけで「機嫌が悪いのでは…」「話しづらいな…」と部下は感じてしまうのです。

 多様な人の育成や活躍に優れ、国のダイバーシティ経営企業にも選ばれた日本レーザーの近藤宣之会長は、社員たちの心を開くために、「笑顔は性格ではなく能力」と自分に言い聞かせ、鏡を見て口角を上げて、ニコニコしながら話すようにトレーニングをしているとのこと。私が初対面で対談した際も、その笑顔に一気に打ち解けた気持ちになれました。また、東京2020オリンピック・パラリンピック招致委員会コンサルタントのニック・バーリーは、プレゼンの途中のどのタイミングで笑顔にすれば有効か、緻密に計画したとのことです。部下との信頼関係づくりには、笑顔のトレーニングから始めることもよいでしょう。

 上司力のベースとなる「愛他主義」

 ここまで、部下との相互理解のための面談や話し方を例示してきましたが、テクニックだけでは信頼は育めません。その大前提として、上司としての心を整えるべきです。それを私は「愛他主義」という造語で定義しています。

「利己主義」に対して「利他主義」という言葉がありますが、利するのが自分でも他人でも、利を考える以上、そこには損得勘定が働きます。しかし、私は人と人が相互理解を深め、深い信頼関係を構築するには、損得抜きで、愛情を持って相手に接することが不可欠だと考えています。上司として部下の仕事の成果を喜ぶこと以上に、部下自身の働きがいや成長を本気で願い、思いやることが重要なのです。

 私が実際に聞いた、ある管理職の体験談を紹介します。彼は、部下時代、優秀な営業マンで、高い業績を評価され課長へとスピード昇進を果たしました。そこで高い目標を掲げ、自分が実行してきた高速回転の営業活動を部下に課し、「この通りやれば、必ず成果が上がる。頑張ろう!」と発破をかけます。しかし、一部の部下から悲鳴が上がり、それが次第に広がり、メンタルを患う者や退職者まで出始めました。

 上司や人事も看過できない状況です。プレイヤーとして高い成績を誇った彼は、管理職になり初めて大きな壁にぶつかったのです。