話を聞くうち、これまでの終活支援の経験から、勉三さんの財産承継方針をどうしたらいいかが浮かんできた。基本的に、家族信託契約で全財産の管理を娘に委託する。勉三さんは退院後、施設に入ることになるだろうが、年金が月額15万円あるというから、10万円上乗せすれば、それなりの施設には入れるだろう。100歳まで生きるとしてあと6年。10万円×72カ月で720万円。医療・介護以外の生活全般にかかる費用も見込んで、ざっと1000万円あれば足りるはずだ。これらは、娘さんが父親名義の預金口座から支払う。勉三さんが途中で死亡した場合は、残金はそのまま千鶴さんのものとする。残りのマンションと現金(2000万円)は兄妹で均等割りとなるが、現在アパート住まいの健太郎さんは実家を、千鶴さんと双子のお孫さんたちが現金を受け取れるようにするのが理想であろうと思う。
認知症でも、遺言能力があると認められるケースがある
病院に到着し、医師の見解も確認し、勉三さんには遺言能力があることも分かった。要は、医師から「今の時間帯は判断能力がありますよ」という言質さえ取れれば、認知症であってもその場で意思を文書化することは可能なのだ。父親の財産のことで気分が高揚している健太郎さんのことを思いながら、私は念には念を入れて、家族信託に加え、遺言も作成しておくべきだと考えていた。
これまでに携わった経験から、今回勉三のケースにはさほど紛争性はないだろうと判断した。相続権者が2人で5000万円もあれば、骨肉の争いにはならないだろう。それぞれが約2000万円ずつ受け取れる計算になるからだ。これが、不動産を含めて1000万円にも満たないとなると話は違ってくる。親の側にしてみれば、この例のように兄と妹で差をつけたい場合は、判断能力があるうちに手を打っておく必要があるのだ。
自分が歳月をかけて培ってきた財産をどう子どもたちに分けるか、元気なうちから自ら遺言にまとめる人はそう多くない。しかし何もしなければ、財産は子どもたちに平等に分けられる。もし自分の意思で分け方を決めたいと考えるのであれば、元気なうちにこそ具体的な財産承継の道筋をつけておくことをおすすめする。